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「話題の知財ドラマ『それパク』監修の弁理士が語る、企業知財の”知財力”とは」弁理士法人サンクレスト国際特許事務所 弁理士 西野 卓嗣 インタビュー

略歴
1969年 信州大学工学部精密工学科卒業
同年 三洋電機㈱入社・自動機の開発に従事
1977年 特許関連業務に異動
1982年 弁理士資格取得
1993年 東亞医用電子㈱(現シスメックス)入社・知的財産部長
2003年 特定侵害訴訟代理業務試験合格
2005年 シスメックス㈱ 執行役員 知的財産本部長 就任
2012年 西野特許事務所 開設

知財との出会い

大学卒業後に入社した会社ではもともとロボットの設計の仕事をしていたのですが、入社から数年後に特許関連の部署に異動になりました。

サラリーマンをしていると、辞令ひとつで勤務地はどこにでも飛んでいかなければならないというのがありますので、何か資格があれば、そういった場合に「いやだ」と言うことも可能になるなと(笑)。そういう経緯で弁理士という資格を取得してみようと考えました。

実は大学時代に「弁理士」という資格があるらしいと聞いたことがあり、もともと頭の片隅にはずっとあったのです。

ドラマ監修の世界へ、はじまりは一本の電話

きっかけは、知人の女性教授からの一本の電話でした。

彼女との出会いは10年以上も前になります。

当時、私は弁理士試験の口述試験で試験委員を務めていたのですが、口述試験の試験委員は2人1組で受験生と対応する形式なのですね。そこで某有名大学法学部で知財を専門になさっている女性教授と二人で机を並べて試験委員を務めていました。その際に様々な話をして、私が企業内知財の経験があることも話していたのかもしれません。それを彼女が覚えていてくださったのでしょうね。そのことが10数年後に今回のような素敵なご縁に繋がるとは当時は予想していませんでした。

その女性教授から、ある日 電話がかかってきて、ドラマの監修の話をお声がけいただいたのが事の始まりです。聞けば、その女性教授の研究室に所属していた教え子の男性がテレビ局に就職し、テレビ局内で、奥野桜子さんの小説「それってパクリじゃないですか?」(集英社オレンジ文庫)を原作にした知財ドラマの企画を出したところ、採用されたということらしいのです。

専門的な話が登場するドラマですし、また企業が舞台なので、「企業知財のことに詳しく、また弁理士のことや知財のことにも詳しい監修者が必要だ」ということで、私がシスメックス株式会社で知財本部長を務めていたことを思い出していただいたのか、電話でお声がけをいただきましてね。

私はもともと、さほどテレビドラマを見る方ではなかったのですが、「テレビ番組の監修、おもしろいじゃないの」、という感じでね(笑)。

神戸在住の私にお話をいただいたくらいですから、関西の地方局が制作のドラマであろうか、1~2時間くらいの単発のドラマであろうかと思っていたのですが、蓋を開けてみるとキー局の連続ドラマということで驚きました。

しかし「ご依頼を受けた以上は、やるしかない」ということで務めさせていただいたと、こういう経緯ではじまったのです。

弁理士ドラマの監修、その役割と苦悩

最初は「監修」というくらいだから、単に正しいか間違っているかのチェックをすればいいのかと思っていたのですが、実際にやってみるとそれにとどまらない、大変な仕事でした。

本作の脚本は、「下町ロケット」や「半沢直樹」など人気作品を手がけた素晴らしい脚本家・丑尾健太郎さんが担当されており、出来上がった脚本を見て感心していたのですが、そうはいっても知財という専門性の高い分野ですし、実情と異なる部分もあり、私から脚本の修正をお願いすることもあったわけです。

専門家の立場から監修を務めさせていただく以上、厳密な表現にしなければならない部分もあります。一方で、視聴者である一般の方々にわかりやすい表現である必要がありますし、もうひとつ、役者さんたちが話しやすい表現である必要もあります。そのジレンマをいかに調整していくかが困難な作業でした。法廷シーンの監修や演技指導に行った時にも感じたのですが、やはりできるだけ短い言葉、話しやすい言葉の方がよいのだなと。とはいえ、正確性・厳密性も重要。

普通にテレビを見ていたら一瞬で過ぎ去るシーン。

しかしその裏で、そのシーンのひとつひとつのために悩み苦しむ・・・ということですね。

例えばですが、ごく一例中の一例を挙げてみます。

一般の方々は「特許を“申請”する」とおっしゃるんですね。「出願」という言葉を使用することは一般には知られていない。

非常に悩みましたが、専門家の立場から監修をさせていただくとなると、その表現については歩み寄れないと考え、「特許申請(特許を申請する)」というセリフはすべて「特許出願(特許を出願する)」に修正してもらいました。

逆にわかりやすさを優先したときもあります。例えばセリフの中に「特許権侵害」という言葉が登場したのですが、より短く話しやすい「特許侵害」に変更されました。

また「商標登録出願」という言葉も長いので、わかりやすさに歩み寄って、「商標出願」に短縮してもよいでしょうということになりました。

重岡大毅さん(主人公の上司で弁理士でもある北脇雅美 役)とお話させていただいたときがあったのですが、「できるだけ役者さん達が話しやすい表現にしたいと思っているのですが、そうはいってもあまりにもやりすぎてしまうと不正確になってしまうのです」とお伝えしたところ、重岡さんも「そうでしょうね」とおっしゃってくださった会話が印象に残っています。

法的な正確性のために歩み寄れない部分と、視聴者が聞いた時の耳馴染みの良さや俳優さん達の話しやすさのために歩み寄れる部分と。その狭間で悩み苦しむ。そういったことが1話から10話まで各話にありました。監修とは、そういった一筋縄ではいかない仕事で、私自身も非常に勉強になりました。

作中で取り上げた知財トピック

テーマとか、各話のまとめ方などは、プロデューサーなどさまざまな人と話し合って決めていました。私の提案が採用されたシーンもあれば、採用されなかったシーンもあるという感じですね。

私はもともと電機会社や医療関連機器を製造する会社にいたので、取り扱っていた技術内容が込み入っていてハードです。

今回のドラマの舞台となった飲料メーカーの経験はないですし、月夜野ドリンクだけではエピソードが広がらないので、例えば別の業種の子会社を登場させて、(作中に登場した)「きらきらボトル」のコーティング技術を携帯電話のコーティングに使用するような設定にして、その特許侵害の様子を描くエピソードも提案してみました。しかし、「いえ、先生、そこは原作重視でいきます」とおっしゃり、そのアイデアは採用されませんでした(笑)

また「ドキドキ土器子ちゃん」の商標エピソードは、実際に起きた「アマビエ」に関する一件

を下敷きにしています。

(注記※「アマビエ」…江戸時代の疫病封じの妖怪「アマビエ」がコロナ禍を受けてSNS上で話題になっていたところ、電通が「アマビエ」を商標出願し、「アマビエを独占するつもりか」との声も挙がった。)

パロディ商品については、判決が出ているものを説明の事例として取り上げたいというのもあり、私もいろいろ提案したのですが、最終的に「面白い恋人」が取り上げられていましたね。

「それパク」北脇弁理士は僕に似ている

主人公の上司・北脇弁理士のやっている仕事は、私がやってきたことと近いと思いますね。

北脇君も、私がしそうな判断をするといいましょうか。彼は「企業知財の立場からしたらそのような判断になるよなぁ」という判断をしていますね。

そういった意味で私と近いキャラクターというと、北脇君になるかもしれませんね。

赤井英和さん(増田一郎社長役)のセリフで「頼むよ、北脇君!」「北脇君に任しといたら大丈夫や!」というのがあるのですが、私も企業にいたとき「西野さんに任せといたら大丈夫ですものね」と言われたことは多いのですね。大きな事件や困難な事件でもこのように言われることがあり、そういうときの北脇の気持ちは、おそらく私と同じ気持ちですよね(笑)

ドラマ製作を通して弁理士として感じたこと

私も含め専門家というものは、自分の周囲が使っている言葉や表現をそのまま使ってしまいがちなのですが、それでは一般の方々には伝わりにくいのですね。

しかしクライアントなど一般の方々に、きちんと理解していただけるように説明して、わかってもらうことは非常に大事です。

このドラマによって一般の方々にも知財や弁理士の仕事について少しでも知っていただくことができたのかなと思います。その延長上で、私がいろいろなところに顔を出し、知財に詳しくない方々に話をする場面で、今回の経験は生かしていけるかなと思います。

とはいえ、当分は、もうこんなにしんどい思いはしなくていいかな(笑)

もし続編があったら?

もし続編があるとしたら、主人公の藤崎亜季達や月夜野ドリンクが手がけている飲料分野だけではなく、私自身が経験している自動車や電機の分野、医療分野などの知財事件もテーマとして登場するような物語もやってみたいなと。

今回のドラマでは飲料会社が舞台でしたが、ドリンクの世界は、私は経験がない分野なので、より自分の経験と近い分野の物語に関わらせていただけたら嬉しいかもしれませんね。

企業知財の難しさ、知財紛争の実情

敵対的ではない会社とライセンス交渉をする際に、意外に思われるかもしれませんが、交渉相手と食事などをしてみるのも一つの手段です。

それによって、相手方担当者の会社の中でのポジションをなんとなく掴めることがありますね。

交渉の相手方の担当者がやる気や目的意識がなく、単に業務命令でやらされているのだな、と見える場合は少し強気に出られたりしますが、逆にそうでない場合は、気を引き締めて臨もう、ということになります。

交渉事はですね、相手をどれだけ徹底的に調べるかです。

相手の技術、相手の人となり、技術内容・・・・・。

あまり詳しくは言えませんが、かなり高度な「化かし合い」をするときもあります。

例えば、ある会社 A社の担当者が、自社製品が他社であるB社の保有特許を侵害してしまっていることに気づいたとします。

しかも、使ってしまっていたその技術は自社製品の心臓部に近い部分のメカニズムでした。

発売開始から1年や2年、それなりの期間が経過してしまった後で、自分たちがB社の権利侵害をしてしまっていると遅ればせながら気づいてしまったと、そういう状況です。

もちろん、製品開発・展開に先立っては他社の権利を侵害しないよう、十分に侵害予防調査をおこないますし、あってはならないことですが、とはいえ人間のやることですからそういうケースもゼロではないわけです。

正攻法としては、B社保有のその特許の無効理由を探す。

それはもちろん行うのですが、B社の特許に無効理由が認められなかった場合、ライセンスを申し入れるとしても、ロイヤリティは非常に高額になることが予想されます。

そういうときにどうするか。

正攻法の対応と並行して、逆に相手方のB社がA社の特許権を侵害していないかと、必死になって探すわけです。そうするとまぁ、見つかるときもある。

ただし、A社の侵害に比べたら、B社の侵害は非常に軽いもので、重みづけで言うと10:1くらいのケースをイメージしてください。

まず、A社は相手方B社に警告を出します。

A社は自社がB社の権利を踏んでいることを知りながらそれを隠して交渉に入ります。

B社としては「申し訳ない。勘弁してください」といったことを言うわけです。

それに対してA社は、「わかりました。その代わり、今後ひょっとして、弊社が使用したいと思う御社の特許が出てきたら、クロスライセンスの形で御社の権利をひとつ、ただで使わせてもらえませんか?」と返す。

もし正攻法でクロスライセンス交渉に入った場合、重みが10:1ですから、まぁA社は多額のライセンス料を支払わざるを得ません。

B社による侵害の裁判が始まってからクロスライセンス交渉に入った場合も同様です。

もちろん違法行為はしてはいけません。しかし一方で、自社の利益を最大化するため、例えばこういった高度な交渉をするわけです。

「ビジネスに正義はない」。

新米知財部員・亜季やその上司の北脇弁理士のセリフにもありましたね。

教科書では学べない、企業を守る“知財力”

先ほどのA社とB社の例は、知財力が強い会社と、知財力が弱い会社とが相対した典型的な事例です。

知財力とはすなわち、「自社の権利をいかに理解しているか、またコンペティターの実施している技術内容をいかに把握しているか」そして「コンペティターの権利をいかに把握しているか、また自社の実施している技術内容をいかに理解しているか」をいうものだと、私は理解しています。

自社の強みも弱みも知っている、ということです。

そういった手法がいかなるときも必ず通用するとは限りません。なぜなら相手に弱点があるとは限らないからです。

ただ、紛争の場合、必ずあらゆる手法を検討しますし、相手方の弱点を必死になって探します。そうすると見つかるときもある。

先ほどの事件の場合、A社が警告を受けたり、裁判になってしまってからBの侵害品を探し出してしも、もはや通常のロイヤリティ設定になってしまうわけです。

お互いに手の内を分かってしまった状態で交渉するのか、それをわからせないうちに交渉するのか。そういうことです。

弁理士法人サンクレスト国際特許事務所