テクノロジーに関心を寄せた学生時代
大学の頃は、将来的に知財を扱うとは思っていなかったので、知財関係の講義をとっていなかったんです。法学部で法律の勉強をして司法試験に受かったわけですが、法律と並行するバックグラウンドとしてコンピューター等への興味がありました。
コンピューターそのものに加えて、コンピューター業界やIT業界への興味も人一倍 持っていたので、就職先を選ぶに際しても、「コンピューターに携われる法分野はないだろうか」と考えたときにピンときたのが知財でした。知財グループがあり、かつ巨大グローバルIT企業をクライアントとして支援している点を魅力に感じて今の事務所を選んだという経緯です。
司法修習後、ベーカー&マッケンジー法律事務所へ
司法修習を終えてベーカー&マッケンジー法律事務所(以下、「ベーカーマッケンジー」)に入所し、それ以来23年間ずっとこの事務所にいるわけですが、ちょうど私が入所した2000年頃はインターネットが本格的にビジネスに普及し、電子商取引という言葉が花開いてきて、どの企業もインターネットを使ってビジネスをしようとしていた、そういう時代でした。
ずっとパソコンやコンピューター業界に興味があったので、最初の配属についてはインターネットやテクノロジーに関する法律問題に携われたらいいなと思っていました。
知財の世界へ
ただ2000年頃は、まだまだデジタル分野は黎明期ということもあり、民法の特例の制定などが行われたりはしたものの、電子商取引も含めてあまりデジタルの問題が法律的な大きなイシューとまではなっていませんでした。
そこで、当時は知財が主な業務であった知財グループの配属となり、その後、グループの進化に伴いIPテックグループへと変貌を遂げることとなりました。
最初の5年間ほどは、よりベーシックな知財、つまり特許や著作権などの分野のわりと基礎のことをこつこつとやっていましたね。通常の、特許出願や商標登録などの権利化業務と同時に特許訴訟も行う形です。
ITの世界へ
2004年から2006年までベーカーマッケンジーの留学制度の米国留学から帰国した2009年~2011年頃でしょうか、技術の発展と共に、ようやくテクノロジーやITを使ったビジネスが徐々に再注目され始めてきました。それに伴いデータが重要視されはじめ、「ビッグデータ」という言葉が知られるようになったのもその頃のように記憶しています。
私も、その頃の各種セミナー等で「個人情報も含めたデータの取扱いやインターネット上の技術が、これから法律的にも“くる”」とお伝えしていたところ、そこから10年間ぐらいはまさにそういったところを中心に、かなり法律業界も含めて大きな流れができてきたという形です。ですので特許訴訟も含めて、インターネットやデータといった非常にホットなトピックを数多く扱えるグループにずっと在籍でき、約27年間ずっと“今やりたいことをやる”ということを続けてこられたな、と感じています。
「IP×IT」二つの領域の知見がリンクする
私が弊所で所属するグループの名前は「IPテックグループ」、その名の通り知財もテクノロジーも担当する二本立てのグループでして、私ももちろん両方やり続けています。商標や特許などの権利化や知財紛争などの知財関連をおこない、その知識を生かしつつ、IT技術に関すること、またデータをいかに知財として有効活用していくかというところもリンクさせながら、グループとしても私個人としてもバランスよく携わることができています。
カリフォルニアで映画コンテンツ法務に。刺激的な4か月。
弊所のクライアントである映画配給会社が継続的に出向のような形で人材を受け入れていて、留学時期と重なったのでちょうどいいタイミングということで、同社の法務部のあるカリフォルニア州小さな映画の街に行きました。
アメリカの映画産業はちゃんと自社スタジオを持ちそこで映画を作っているのですが、受け入れ先法務部は、当時は撮影スタジオの中にありました。
4か月の出向期間中、差し障りない限りは自由にどこを見てもよいと言われていたので、テレビや映画などさまざまな収録をしてる中で撮影風景を覗いてみたりなど、非常に刺激的で面白い出向期間でした。
コンテンツ法務の知財
私が留学した時期は、ちょうどハリウッドが日本の著作物のリメイクをたくさん作っていた時期であったため、日本の映画やゲーム、漫画等も含め、知財の中でもリメイク権の関係の業務が多く、オプション権の形式で権利を購入するといった契約形態が多かったですね。
その頃はちょうどアメリカの映画産業がコンテンツビジネスに力を入れ始めていた時期でもあり、業務割合としては、知財侵害対応よりも、著作権を中心に権利処理の問題を多く手掛けました。
リメイク作品でも、またアメリカ国内のオリジナル映画であっても、例えば「実話を元にした映画を作成したいが、実際の建物であるとか、商業施設であるとかが出てくるんだけど、その権利処理とかをどうしたらいいか?」など、そういう問題が多いですね。
映画やドラマの制作にあたって、そういった権利処理の問題がどんどん発生し本部に集まってくるので、判例調査などをしながらその処理をしていく形ですね。
日本での主な業務内容
日本においても、特許・商標の権利化もあり、侵害訴訟など知財の法的紛争もあり、ライセンス契約もあり、商標、著作権、特許ビジネスと、広範な業務に携わっています。
またテクノロジー面、インターネットビジネスに関してはかなり契約による権利処理が多いのですが、特定の何らかの新しいビジネスにあたり、どういう権利が考慮されるべきか、どのような許諾を取っていなければならないかをチェックするといったところもあります。法人のお客様は日夜さまざまなビジネスを考えていらっしゃるので、我々が従来 想定していないような新しいサービスの話をお伺いして、それについて法律上どのような問題が出てくるのかを検討したりもします。またデータポートフォリオの有効活用といったところも現在さまざまな業種の方々からご依頼を寄せられています。
基本的には一通りなんでもご対応できますといったところになります。
IP管理も非常に多くの依頼を受けているところで、IPだけの問題にとどまらず税制(タックス)の問題も関わってくるため、所内の別グループとも協働して取り組んでいます。
知財×ITの視点から、日本企業の課題とは
話題の生成AIもそうですが、新しい技術の利用において日本企業はどうしても後れをとる傾向があります。日本は、流行ってきたものをキャッチアップして、それを元に改良・利用していくこと、つまり「すでにある1を、2にしたり10にしていくこと」は、非常に得意です。逆に、そもそもの仕組みから提供すること、すなわち「0から1を作り出す」、これはなかなか出てこない。
ChatGPTのような生成AIは、日本からはなかなか出てこないですよね。ここが日本企業の課題であるかと感じるところがあります。
ITの分野においても、「今持っているデータをどのように活用できますか?」「どのようにマネタイズができますか?」というご質問もよく受けますが、それこそデータ自体を取り扱うようなプラットフォームであったりとか、ChatGPTもそうですが、そのデータ自体を活かして何か新しいものを作り出すなどの視点が、なかなか今の日本の企業に求められつつ十分ではないところなのかなとは感じています。
これは特許の観点から見てもそうで、5Gの問題にしても、ファーウェイやその他の海外企業がその部分の特許を数多く持っており、もう基本的な特許は押さえられています。もちろん日本企業も食い込んではいますので全然ないわけではないんですが、割合からいうと大部分の特許を持っている海外企業が標準を作り上げてしまうということが、ずっと昔からあるわけです。そういったところでは、知財を先進的に利用してビジネスを動かすという概念が日本企業には浸透できていないところがあるという気はしてます。
最終的にはやはりマネタイズの思考のあるかないかだと思うのです。
世界の検索エンジン開発の趨勢から見る、日本企業の課題
このような日本の課題を示す例として、しばしば検索エンジンの話が引き合いに出されます。
まだグーグルもなかった時代、私は学生の頃だったかと思いますが、世界に検索エンジンというものが3つ、4つぐらいしかなかった頃、ある日本の学生が、海外企業の検索エンジンと並び称されるような優れた技術を持つODiN(オーディン)という検索エンジンを開発しました。その学生は普通に企業に就職し、その学生を獲得した企業は検索技術を生かせるかと思いきや、有効活用できないまま、結局 日本では全くビジネスにならず忘れ去られてしまったのです。
しかしその数年後にGoogleが登場、検索エンジンサービスを広告等に繋げてマネタイズし世界規模にまで発展したのですね。
日本企業が、検索技術を持っていながら、なぜGoogleになれなかったのか?
この点についてウェブで検索してみると、「日本の検索エンジンに法的な根拠が与えられていなかったからであり、著作権の問題である」といった説明もみられますが、それは後づけの理由だと私は思っています。
基本的に、新しい術を発見した際に、それをどのようにビジネス利用できるのか、どのようにしてマネタイズできるのか、という発想自体が、伝統的には欠けているというところが大きな問題点だろうと思われます。
そのことが、今のところは日本からGoogleやOpenAIのような企業が出てきていない現状に繋がっているのかもしれません。
リンクしていくDXとAI
DXについては、ChatGPT登場後は、やはりAIとリンクされて話題に上がるようになりましたね。
例えばですが、先日、知財の中でも商標に特化した国際的組織であるINTA(International Trademark Association)のアニュアルミーティング(年次会議)に参加してきました。
INTAはもともと基本的にはトレードマークを持っている企業の団体で、これに弁護士などの商標を生業にする専門家なども多数参加するようになり、6000人から7000人ほどが参加するビックイベントとなっています。
本来は商標の集まりであるそのイベントであっても、トピックとして「生成AIについてお話いただけませんか」とご依頼いただくなど、本当にここ最近は生成AIに完全に話題を乗っ取られている印象です。これが昨年だったらメタバースでしたね。
これからのAI開発に求められるデータのコンプライアンス
どの業界の方々からも、AIを活用して、データ活用して何かを作ろう、ビジネスに生かそうという観点のご質問やご興味が増えていて、我々も法律的な観点からどのような法的規制があるのかをお話しているところです。
EUが先行してAI規制案(AIアクト)という法案を作っていることからもわかりますが、AI利用段階だけでなく、AIを開発する段階で使用するデータのコンプライアンスが求められる世の中になっています。
例えばベースとなる写真ポートフォリオを取り込んで画像解析するAIを作ったとしたら、その開発中に使ったデータは個人情報などをはじめとした権利関係がクリアされているのか、コンプライアンスが確保できているのか、といったことが求められます。
生成AIを使う段階ではなく、作る段階からコンプライアンスの観点を考えられているかに注意しなければならないならば、データ収集の手法が重要になります。例えばインターネットから画像を引っ張ってくるならばその著作権であるとか、ウェブサイトにそれを制限する規約があればその部分であるとか、そういったものをすべてクリアできているか、ということです。
ですので一口に「データを持っている企業」といっても、「出所がしっかりしているデータを持っている企業」はAIの開発においては比較的 強い立場にあることになりますよね。
自社で集めたデータであるため個人情報処理も著作権も問題ない、あるいはそれらがクリアされているデータを使ってAIサービスを開発することが可能になります。
リーガルの分野やリーガルテック分野もその例外ではないので、法律事務所を含めて、既存のデータを元にAIを作れるのか・育てられるのかというところは、寄せられるご質問から考えると、特に現在、各企業様がご興味をお持ちであるところだと感じますね。
ただそれは先ほどの問題にも跳ね返ってくるのですが、データを持っているだけでも強みではあるものの、データ自体を差し出すことで収益を上げて満足すると、最終的にはそのデータの対価しか得られません。より重要なのは仕組みづくり、ということになります。データを持ってる、かつさらにそれを利用した仕組みを作ることができ、提供できるようになると、今の世界では強いですね。
逆に、データを持っているだけで満足していると目が出ずに終わる可能性もあります。
企業知財におけるタックスの重要性
これは特許ポートフォリオ管理にも関わる部分ですが、企業は組織が大きくなるにつれて統一的な知財管理をしなければならなくなってきます。
多くの会社がおこなっている、知財管理会社を作りそこに一極集中して管理する形態は一つの案ではあるのですが、その形態は実はタックスの観点からうまくいかない場合が出てきます。
これは特に、世界的に他のいろいろな企業を買収して、そのテクノロジーを自社グループのものにして発展していく戦略を採っている企業に良く当てはまります。
あまり考えずに、買収先のIPポートフォリオを自社グループの知財管理会社に移してしまうと、移転価格税制に反する可能性が生じてきます。
知財管理会社に一極集中した後にそれぞれのグループ企業にライセンスする形式ですと、「グループ会社だから別に使っていいんじゃないか」と思ってしまいがちなのですがそうではないところに注意が必要です。有償、すなわち価値のあるものをグループ間で移転することになるので、関連会社ではあっても別の法人である以上、その対価が支払われている必要があるのですね。
当初は米国をフォーカスする懸念が生じてきたので、多くの企業が、米国かそれ以外で管理会社を変えたり、米国のポートフォリオは確立してそれ以外のところは一極集中させて、といった戦略を採られている企業様もあるわけです。
そういった全世界的なIPポートフォリオ管理と、移転価格税制といったところは、従来的な知財部ではなかなか税金まではカバーできておらずそこまで考えが及ばないケースも多くみられます。そこで、知財の知識もあり税制の知識もある我々が、共同でアドバイスを提供して、契約書の建てつけや金銭のやりとりを整えて、問題のない形に持っていっていただくことになります。
“知財を持っていること”が重要だった意識が、変わりつつある
これまで知財というものは、他社の参入を防ぐ防御的な意味で、実際には使わないんだけどもとりあえず出願して特許があることが重要であったり、「知財を単に持っているだけ」という状態であることも多かったと思います。
しかし近年、そういう意識に変化が見られることも感じます。
今後ますます求められる、経営とリンクした知財管理
というのは、最近 企業の方々からしばしば質問を受けるようになったんですけれども、コーポレートガバナンスコードの改訂によって知財に関する事項も追加され、会社の経営とリンクした知財管理を求められることとなりました。
これも新しい要請ですし、多くの企業からすると「そうは言われても、じゃあ実際どうしたらいいの」という風に、対応の仕方がわからない。知財を企業戦略にリンクさせて、より積極的に活用する形で会社方針を策定、事業を展開していくことが、これからの企業に求められます。
これからは単に知財を持っているだけではなくて、実際に活用できる知財に変化していかないと、国際的競争力の面からは置いて行かれてしまう可能性が出てくる時代になっています。そのような実効的な知財活用経営が、より大きなイシューになっていくでしょう。
リーガル業界でのAI活用の未来(リーガルテックの展望)
従来的によく使用されていたリーガルテックは判例・法令検索データベース等であったかと思いますが、そこから今後は変化・発展していくものであるでしょうね。法律事務所の立場としては、リーガルテックの発展で専門家の仕事がどう変化していくのか、AIに仕事が奪われるかもしれないという懸念も抱えつつ、そうはいってもリーガル業界の人間からもAIを活用した新たなサービスも必要であると言われています。
手始めにはブランド・リレーションシップの分析から初めて、より広範な活用ができるのかという検討になっていくかと思いますが、リーガルテックの隆盛は今後訪れるでしょうし、我々専門家はそれと張れるサービスを提供していかなければならない思っています。
AIと人間の展望
我々もAIに関するセミナーをここ4,5年ほど前やっていますが、AI開発を研究なさっている大学教授をお招きした際、「AIというのは、人間のアシスタントとして働くべき」「AIは人間に取って代わるものではない」とのお話がありました。
あくまでも「人間の決定をアシストする、それをより簡単にする、便利にする」ものであり、「人間にとってかわることはどこまでいってもない」ものだと。
例えば「こういう考え方もあるよ」とか「こういう文献、判例もあるよ」と提示してくれるAIがあるとしたら、それは弁護士や専門家の本来の業務である、最終的な決定をしてアドバイスを提供することの支えになっていくのではないかと思います。
テクノロジー分野で自負していることは、我々が扱っているのは本当に未知の案件であるということです。つまり、これまで人々が考えてこなかった問題が多数含まれているのです。
「生成AIの著作権」もそうですし、5年前10年前は誰も考えていなかった問題です。これはAIが考えることは無理であろうと思っています。
蓄積された情報や知識から類似の例を勘案して、誰も考えたことのない新しい問題に対して解決の道を示すことは、人間にしかできないことであり、今度も消えることのない牽引していくべき道であるとと考えています。