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弁護士から見た、知財訴訟のポイント

知的財産、そして弁護士という職業に出会い、活躍している専門家から学ぶパテントストーリー。知的財産に関わる専門家が、これまでどんな歴史を創ってきたのか。そして、これからどんな歴史を創るのか。一歩先を行く、知財の専門家に話を聞く。

今回はTMI総合法律事務所 根本 浩 先生にお話を聞きました。

根本先生のご経歴
1975年 生
1994年:3月 筑波大学附属駒場高等学校卒業
1999年:3月 上智大学法学部国際関係法学科卒業
2000年:4月 最高裁判所司法研修所入所
2001年:10月 第二東京弁護士会登録

TMI総合法律事務所勤務
2007年:5月 デューク大学ロースクール卒業(LL.M.)
2007年:9月 ロサンゼルスのクイン・エマニュエル・アーカート・オリバー・アンド・ヘッジズ法律事務所(現クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン法律事務所)勤務
2008年:4月 ニューヨーク州弁護士資格取得
2008年:8月 TMI総合法律事務所復帰
2011年:1月 パートナー就任

取扱分野
知財訴訟・審判 / 特許 / 著作権 / 商標 / 意匠 / IT・通信 / 医療 / ヘルスケア / バイオ /
国際訴訟・仲裁・調停・ADR / 商事関連訴訟 / 起業・株式公開支援 / 一般企業法務
著書 『知的財産判例総覧2014 Ⅰ』 青林書院(著者)

知的財産との出会い

知財と出会ったのは、弁護士になってからのことでした。

もともと訴訟をやりたくて今の事務所に入所しましたが、入所した翌年に担当することになった訴訟の一件がたまたま特許訴訟だったのです。これが知財との出会いとなりました。

その特許訴訟は、医療機器の特許についての訴訟でしたが、私には当時その分野の知識は全くありませんでした。そこで、問題となっている技術の内容については、本やインターネットを使って自分でできる限り調べて勉強すると共に、一緒にチームを組んで担当していた事務所内の弁理士から教えてもらったり、あるいは弁理士と一緒にクライアントの技術者の方から教えて頂いたりしながら理解を深めていき、訴訟に備えました。非常に大変な作業ではありましたが、技術を理解することの面白さに気付き、その後特許案件に携わっていくきっかけとなった案件でした。

弁護士は特許紛争にどう関わっていくか

特許権者側からご相談を頂く場合には、「もしかしたら私たちの特許が侵害されているかもしれない」という段階からご相談を頂くことが多いです。本当に侵害しているといえるか否かを確認しつつ、警告文の送付やライセンスの交渉等、その後の対応についてアドバイスしていきます。

ポイントは、クライアントが何をしたいのか、ということを十分にヒアリングすることです。単に警告をしておきたいのか、それとも侵害行為をやめさせたいのか、あるいはロイヤリティを支払ってほしいのか。クライアントが目指すところによって対応が大きく変わってきます。同時に、ターゲットとする製品やサービスについて調査し、侵害主張が成り立つか否かを特許の内容に照らして慎重に検討します。製品やサービスについての情報は公開されていないことも多いので、そのような場合には関連する他の情報から製品やサービスの構成を推測しつつ、権利侵害が認められるか否かを検討していくことになります。

そうして検討した結果をもとに、クライアントが目指すところを達成するために最も有効かつ適切であると思われる戦略をクライアントと相談しながら立案し、実行していきます。

反対に被疑侵害者側からのご相談は「ある日こんな警告書が送られてきたのですがどうすればいいでしょうか」というところから始まることが多いです。やはり特許権者側からご相談頂く場合と同様に、まずは侵害の事実の有無を確認することになりますが、さらに特許の無効やその他の抗弁を反論として主張できないかということを、並行して検討していくことになります。状況によっては、訴訟提起された場合に備えて反論の準備を進めつつ、ライセンスを受けるための交渉を代理人として進めていくということもあります。

ちなみに、警告文送付から訴訟に進むケースは、実感としては10%もないのではないかと思います。殆どのケースでは、ライセンスや設計変更等により話し合いによって解決されるか、あるいは話し合いは物別れに終わっても訴訟には至らずにそのまま放置されることが多く、実際に訴訟となるのはごく一部に過ぎません。ただ、一般的にはそうであっても、実際にはいつ訴訟に進むかわからないという緊張感の下におかれた状況で検討を進めていくことになりますので、クライアントも代理人も気が抜けません。

肝心な情報が手元にない

案件に応じた知識を身につける必要があるという点においては、特許訴訟もその他の訴訟と変わりません。

ただ、他の訴訟と比べ、特許訴訟では「肝心な情報が手元にない」ことが多いので、この点が難しいポイントといえます。たとえば、特許権者側が「侵害されている」と訴えようとした場合、ターゲットとする製品の概要や主な機能程度の情報であれば、インターネットや製品のパンフレット等でもある程度調べることができますが、その製品の特定の機能がどのような仕組みによって実現されているのかといった細かいことについてまでは、すぐには分かりません。そういった情報は相手方の会社の秘密情報として公にされていないためです。

それにもかかわらず、侵害についての主張立証責任は、侵害があると主張する側が負いますので、何とかして「侵害がある」というための証拠を集めていくことになります。

知財訴訟における証拠収集について

それではどうやって、侵害の事実を裏付ける材料を手に入れるか。そこが一つの弁護士の腕の見せ所です。

闇雲に世の中の情報をあさっていても必要な情報は出てきません。実際に問題となっている製品を買ってみて分解・分析をしてみるということもよく行いますが、そもそも買うことのできないものや、半導体の製造装置のように、極めて高額で「試しに」買うことなどなかなかできないものもあります。さらに、方法の特許についての侵害が問題の場合には、相手の工場の中で行われている工程を実際にみてみないとわからないということもあります。

情報を探す上では、“その業界の常識”も踏まえて、手がかりがありそうな探すべきポイントを絞っていくことが必要になってきます。

たとえば、対象の製品を直接には入手できないとしても、オークションサイトなどで中古品として流通していることがあります。ただ、それだと製品のマニュアルが手に入らないことがあるのでメーカーに問い合わせてマニュアルだけは別途入手するということもあります。

対象の製品が発売された当時の業界の雑誌に手がかりとなる説明を見つけることもあります。また、対象の製品が、あるイベントで発表されていたことが判明したような場合には、そのイベントにおいて入場者にのみ配布された資料の入手を試みることもあります。

ポイントは、その製品が、開発され、市場に登場し、実際に発売され、流通していく、という一連の流れを具体的にイメージしながらその過程のどこに有益な情報が残っている可能性があるかを考えて、遡って一つずつ追っていくということです。

他方で被疑侵害者側からご相談を受ける場合には、権利行使を受けている特許を無効にするための材料、すなわち先行技術を探すための調査を行うことがよくありますが、文献のみならず製品も無効資料になり得るので、このような、いわゆる公然実施品を探すために同様の調査を行うことがあります。その際もやはり闇雲に探したり、外部の業者に任せっきりにしたりしてしまうのではなく、まずは、無効にしようとしている特許発明と同様の技術が、どのような製品やサービスにおいて過去に使われていた可能性があるか、ということを所内の弁護士・弁理士で徹底的に議論し、フォーカスして調査する対象を工夫することが大事だと考えています。これまで数々の案件で、データベースでは探せなかった先行技術について、公然実施品を見つけることができました。珍しいケースでは、非売品であるゲームセンターのゲームの景品に基づいて無効主張をしたこともあります。調査の秘訣はやはり、調査を実施する前の丁寧な検討によって、より効果的な調査をプランニングしてから調査を行うという点にあるように思います。

なお、どこを探せばいいかというヒントを得る上で、クライアントとのディスカッションも欠かせません。弁護士の「こういう情報を探したい」というところにクライアントの経験や知識を掛け合わせることができると、それがきっかけとなって非常に有益な情報を探すためのアイデアが出てくることがあります。

特許訴訟の難しいポイント

特許訴訟の難しいポイントとしては、これまで述べてきた「証拠の偏在(自分のところに証拠がない)」ということに加えて、「限られた機会で裁判所に発明や製品を十分理解してもらうことの難しさ」も挙げられます。

特許訴訟で審理の対象となる技術や製品は、案件毎に異なる訳ですから、審理する裁判官にとって全く馴染みのないものであることも少なくありません。特許訴訟では、当事者双方がそれぞれの主張を技術の内容と共に裁判所に対して口頭で説明を行うための技術説明会が開催されることがありますが、そこではいかにして裁判官に“審理の対象となっている技術や製品の具体的イメージを持ってもらえるか”というところがポイントとなります。

たとえば、ある半導体の複雑な動作の方法を、単に文字にして説明しても、なかなかその技術のポイントや凄さは伝わりません。図面やアニメーションを駆使し、場合によっては製品のサンプルを実際に作るなどして、直感的に理解が進むような資料に基づいて、ポイントを分かり易く伝える必要があります。裁判官と代理人との間で技術に関する理解を共通にすることは、特許訴訟に勝つための必須のプロセスと言えます。

裁判官に技術を正確に「伝える」というだけに留まらず、感覚的にも「分かってもらう」ために、技術に精通する弁理士と、裁判官の視点をよりよく把握している弁護士とでチームを組んで、それぞれの観点からプレゼン資料の推敲を重ねて準備します。

知財訴訟に巻き込まれたときに

知財訴訟への対応には、紛争の対象となっている技術や製品についての深い専門性と幅広い情報が不可欠です。訴訟に強い企業は、紛争に巻き込まれた際に、弁護士や弁理士に対応を任せっきりにせずに、これらの外部の専門家と、社内の技術者や法務担当者がチームを組むイメージで対応しています。このような体制で紛争に臨む企業は、弁護士や弁理士がその企業が持つ潜在的なノウハウや知見を十二分に引き出すことができるので訴訟に強いのです。

また、普段から新製品を世に出そうというときに、第三者の権利への抵触の可能性などをきちんとアンテナを張ってウォッチする体制ができている会社は強いと思います。他者の知財への抵触に敏感な企業は、抵触を回避することにも長けており、知財訴訟を未然に防ぐ術を知っています。

日本企業が知的財産を守るということ

日本企業では、素晴らしい技術が日々生み出されています。それを権利化するのか、ノウハウとして社内で留保するのかということはさておき、いずれにしても自社の優れた知見を会社に残して事業に活かせる体制ができていることが重要だと思います。

社内の知的成果物の管理体制は企業によって様々であり、知財部などの出願部署が開発部署とは独立して存在している企業や、開発部署で出願まで全て行っている企業、さらには、法務部や総務部の担当者が出願業務を必要に応じて兼任している企業もあります。ポイントは “本当にその会社の技術を適切に権利化またはノウハウ化できているのか”ということです。

そこで、知財を守るためには、そのような目を持った方が社内に必要となりますが、専任で雇うにはコストがかかるため、会社の規模や事業内容によっては経済的合理性がないことも十分考えられます。

その会社のビジネスにとって、知財がどの程度重要なのか、何をしなければならないのか、限られたコストで何をするのか、という判断を適切にするためには、知財がビジネスに与える影響を経営者が理解していなければなりません。

コロナ時代と知財

コロナ禍においても、知財ロイヤーとしての仕事ぶりはあまり変わっていません。

他方、コロナのためのワクチンや治療薬の開発という同じ目標に向かって世界中の技術力が結集されているという状況から、知財の持つメリットとデメリットが一層クローズアップされてくるのではないかと思います。

開発した治療薬等について、「自分たちが生み出した成果物を知財として守る」という動きが出てくることは当然想定されますが、一方で、ワクチンや治療薬は世の中の人にいきわたらなくてはなりません。開発費に特許の実施許諾料が上乗せされることによって、販売額が高額となり、必要な人にいきわたらないという問題が生じる可能性もあります。

このような場合には国が強制的にライセンスを認めることができるようにすべきではないかという議論は、従前から特に医薬品の特許に関して存在しており、実際にそのような制度が運用されている国もあります。日本においても公共の利益のために特に必要な場合には経済産業大臣の裁定によって実施許諾を認める「裁定実施権」と呼ばれる制度がありますが、これまで実際に使われたことはありません。 コロナをきっかけとして、これまでは日本ではあまり顕在化してこなかった知財の問題や制度が新たに議論の対象となるかもしれません。

企業が知財で躍進するためのポイント

ポイントは、「知財に対して敏感であること」だと思います。知財に対して敏感である会社は、知財をうまく使って躍進していけるのではないかと思います。

日本企業にとって、技術はとても大きな財産です。他者の知財の存在を常に意識しながら事業を遂行することで、無用な紛争を回避することができ、また時には他者の優れた技術の許諾を受けて自社の事業の躍進に繋げることができます。他方で、自社で生まれた知見を適切に権利化又はノウハウ化することで、他者による模倣を防ぎ、自社の事業の優位性を確立することができます。会社の外に対しても内に対しても知財に敏感であることが、知財を攻めにも守りにも活用することに繋がり、ビジネスの健全な発展に大きく貢献するように思います。