1991年 奈良女子大学理学部卒
同年 セイコーエプソン株式会社 入社
特許室(現・知的財産本部)にて出願権利化業務に従事
1994年 エプソンインテリジェンス出向
特許調査業務、社内研修に従事
2005年 スマートワークス株式会社 設立
2007年 第1回特許検索競技大会 優勝
2018年 特許情報普及活動功労者表彰 特許庁長官賞受賞
奈良先端科学技術大学院大学 非常勤講師
知財との出会い
知的財産との出会いはブログに書かせていただきました。現在はnoteで知財情報を発信しており、また研修・教育を担当している関係上、なるべく発信の切り口を分かりやすくするように心がけています。
私が就職した当時、知財部は人気の職種ということは全くありませんでした。
私も知財部配属になると思っておらず、入社時の配属発表で「知財部」と聞いて「どんなことをするところなんだろう…」と思っていました。
最初の業務は出願権利化で、ここで3年と少しの間業務に従事して調査へ移りました。
調査業務を行うにあたって、出願権利化、特に中間処理の業務をやっていたことが活きたな、と思うことが非常に多くありましたね。
今でこそ「IPランドスケープ」に基づく調査、ということも増えてきましたが、従来型の調査では知財業務に対応して調査を行う、ということが多いので、これらの業務がある程度身についていたのはラッキーでした。
調査とツール
業務のメインはやはり調査ですね。分析などもお声がかかればやらせていただいていますが、過去からの流れもあって、知財実務に対応した調査を担当することが多いです。
お客様としてはおよそ7割が企業、3割が特許事務所・法律事務所の方々になっています。
事務所のお客様は事務所同士や事務所内の先生同士でご紹介を頂くこともあります。一方、企業の担当者の方ですと、「無効資料調査や侵害調査」という業務の性質上、他社に紹介ということはほぼないので、現在は事務所経由の依頼が増えていると感じています。
この2~3年顕著な傾向としてあるのは、化学系とソフトウェア系のご依頼がすごく増えていること。
従来ですと電気系・機械系が多く、そこをはじめとしてまんべんなくお仕事を頂いてはいるのですが、その2つは特に近年増えているので、技術開発が増えているのかな、と感じています。
開発自体の増加と併せて、これらは特に調べにくい分野でもあるので、調査会社に依頼しようという流れもあるのかな、と思っています。
特にソフトウェアの特許はサーバー側の特許が多いこともあり、調べるときのキーワード取りも難しいかなと思いますね。
検索ツールについては…最近AIを使った検索ツールなんかも出てきていますよね。
それとは逆行した形になってしまうかもしれませんが、ツールにどういうコマンドを入れるとどういう結果が返ってくるのかはっきりわかる方が安心します。
お客様に説明する際にもやりやすいし漏れについての検証もしやすいですしね。
ですが、その反面「私が行っている検索が古くなっていないか」、いわゆる「定石」に縛られていないかが気になることもあります(ここはnoteにも書きました)。
AIは答えさえ出せればおそらくそういった定石にとらわれずに動くのでしょうから、AIと同じことができなくてもいいから「私の検索結果」と「AIの検索結果」をうまい事ミックスさせて結果を出せないかな、と最近よく思っています。
AIがすでに一般的な将棋では、最終的には棋士が手を指すのでその手を解析するという段階を経るのだと思います。ですが、特許調査では将棋と異なり、サーチャーの「手」をあえて解析せず「結果をミックスしました」ということができるだけでも、従来にない検索ができるヒントになりそうです。
一番記憶に残っている業務~20年前の「IPランドスケープ」~
今までで一番記憶に残っている仕事は、前職の最後の方にやった調査業務ですね。
ある日突然自社トップから呼び出されて、とある企業について「何を考えているのか知りたい、特許の動向を調査してくれ」と言われました。知財部に聞いてくれるというのもすごいことなんじゃないかと思いましたが、「IPランドスケープ」という概念が流行るより20年も前のことなので、「企業の考えていることを知るためにはいったい何を調べたらいいんだろう…」というのも分からない状態でした。
当時の知財本部長の後ろについてトップに話を聞きに行き、そこで言われたことが「本業の特許を出すのは当たり前だからそこは見なくていい。ここ最近でそういった通常の特許とは違う『変な特許』があるな、と思ったらそこを検出してくれないか」というものでした。
今でこそ、特許情報から企業動向を読むということは行われるようになりましたが、20年前、しかも特許に特別詳しいわけでもなさそうな人からこのような指示が出てきたことに驚きました。企業を動かす人はやっぱり情報の感度が高くて敵わないな、と強烈に印象に残っていますね。
企業活動に特許検索は必須!しかし今後どんどん難しくなる
特許検索、情報収集を行うというのは当然企業にとっては必要になってくるでしょうね。
検索を自分でやるとか、外注するとか、やり方はいろいろありますが、あまり情報をわかっていない状態で事業をするというのはあり得ないと思います。
知財訴訟の事例をみても、ちゃんと調べていたら分かっていたろうにというのはありますね。まあ、大規模な訴訟案件では「知っていてあえてやったよね」というのも結構ありますが…
NOKIAとダイムラーのコネクティッドカーの事件などはまさにちゃんと知っていたらおそらく回避できた事例ですよね。
ただ、コネクティッドカーのように技術の周辺領域も絡んでくると、その中心技術(今回だと自動車)の技術者の方にとっては調査が難しくなります。今回も事前に侵害を知ることは相当難しかったとは思います。
昨今、コネクティッドカーの他にも今までのノウハウが通用しない新技術が様々な分野で出てきています。
例えばケミカル分野などもAIに解析させた新しい物質の創造などを行っているらしいですが、これも今までのケミカル分野の調査ノウハウでは難しい。
医療なんかもそうで、これまで心電図や機器の話をしていたのが急にネットワークにつながって技術領域が一気に広がってしまいます。今後はあらゆる分野に展開する可能性が増えてきて検索・調査が難しくなると思いますね…やりますけども(笑)
知財を活用するために企業ができること ~ふとしたつぶやきが競合をあぶりだす~
知財動向や知財調査の結果を活かすために企業ができることというのは、難しいけれど大事なテーマですよね。例えば企業の方は日ごろから特許1件1件まで把握するのは難しいと思いますが、専門分野での動きなどは何かの機会で見聞きされていることが多いです。
調査会社と共同でプロジェクトをやる場合は、他社の動きやちょっと気になったことを共有いただけると調査する側には大きなヒントになることがあります。
ですから、担当者の方が些細だと思っているもの、例えば走り書きのメモであってもなるべく情報を共有していただくと、成果物のクオリティをブラッシュアップしながら調査を進められるのではないかと思います。
企業担当者のふとしたつぶやきが大きな結果につながったこともあります。例えば以前お預かりした日用品系の分野での案件。
「競合で、特に大きくはないけど、いい感じの製品を出している会社があるんだよ」という話をクライアントの方から頂いていました。
特許調査の案件だったのですが、ブランド名で試しに商標検索してみると、権利関係から周辺状況がわかり、ブランドのバックグラウンドがはっきり分かった事例などがあります。このブランドの場合Web等の施策であまり表に企業名などを出していなかったため、一見すると企業の状況や権利関係が分からなかったのですが、クライアントの一言がきっかけで真のベンチマーク企業をあぶりだすことができました。
特に欧米ではベンチャー企業に見えたら実は買収されていて実態は大企業だったというのもありますし、こういった事例は今後増えてくるのかなと思います。
一方で、侵害予防調査のときは重要特許を隠して依頼して、調査会社の力量を計るというやり方をされることも珍しくなかったです。
企業知財にいた身としては、仮に評判のいい調査会社であっても自社の専門分野での実力があるかを確認したいというニーズがあるのも分かるので、そこについてはあまり触れませんが、IPランドスケープや新しい技術について探っていこうというプロジェクトでこういうことがあると、結果的に情報を探り合うような形になってしまい、結果を出すのが難しくなってしまいます。
欧米と日本での企業のゴールと知財のゴールの違い
欧米は特許情報を活かして企業が知財のマネタイズを成功させている印象です。
ある検査技術の特許の生死を調べたときに、確かに生きてはいるのだけど特許の権利者が軒並み変わっている、といったことがありました。出願人ランキングだとトップ10にいた複数の企業(多ければ半分くらい)が権利者ランキングだと一様にトップ10から落ちていて、出願人ランキング2位の大企業が圧倒的に1位になっていたりする。
こういった形である程度大きい企業でもダイナミックに知財や会社を売り買いしてしまう、ということがアメリカやイギリスではよく起こりますね。
海外では企業や自社技術を大きい会社に買ってもらうことを自己の事業の成長と同じくらい成功のパターンとして認識しています。
日本で成功したスタートアップとかは、起業した社長が前面に出ていることも多く、風土の違いを感じますよね。
現状「特許を買う」というのはM&Aで部署や企業ごと買う、というイメージが大きいと思います。
現在の日本では、企業や知財を売って成功という事例は今後多少増えるかと思いますが、それが普通、とまでは広がらない気がしています。事業によっては出口が一つだとつらいですし、選択肢としては増えるといいと思います。日本では、ライセンスなり特許を丸ごと売るなりで、かならずしも自社実施しなくても「ハッピーになる」という感覚を目の当たりにしたことが無いことも大きく影響していると思っています。
そういう事例をしょっちゅう見るとマインドが変わるのかもしれませんね。
また、実際に協業先や知財を売るときの相手先を探す段階になったとき、特許の件数だけ見てもだめだよね、と思うことがあります。
知財の「マネタイズ」というともはやビジネスの側面になってくるので、こういう場合にはビジネスの温度感をどういう風に探ろうか考える方がいいとアドバイスをします。
典型的なパターンだと直近の出願があるとその分野への温度感が高い、と判断できるかもしれません。また、相手が大きすぎても小さすぎてもだめで、会社全体の規模感、その分野への熱意など、幅広い要素が重要となります。
もっとも最終的には共同研究の当事者が判断するので、ビジネス的にここがいいかもと思っていても、企業理念の観点や会社規模など実際に事業を進めていく段階で折り合わないこともあります。ですから、調査する側としてはそのための判断材料を極力お渡しするというイメージでやっていますね。
変化する時代の中での知的財産の将来
大きい流れで言うと、プロパテントとアンチパテントが交互に来るというのが昔から言われていますよね。
近年の知財訴訟の賠償額をみていくと、金額が上がっているから現在はプロパテントといえるかも、と感じることもあります。
ですが、いろいろな流れはあっても知財の重要性自体は今後もずっと変わらないでしょうね。時代に合わせて変わるとすれば知財保護の方法かなと思います。
たとえば昔はビジネスモデル特許というのがなく、枠組みができるときに大騒ぎしたのを見ていました。当時はこれが特許で保護できるものかわからなかったんですよね。昨今ではネットワーク技術とか、AIが行った発明についての話題とか、ビジネスモデル特許の時と同じように現行の制度が対応できない発明も絶対に増えてくると思います。
そうするとこういった新しい発明に制度が追い付かなくて、権利の枠組み・保護の枠組みが変わっていくという可能性があるだろうな、と調査をやっていて思います。
特許審査も追いつかなくなっている部分もあるらしいです。例えばゲーム分野で動きのあるものだと画面遷移の出願に対して、多分あのゲームのあの動画にあるはずだとYouTube動画を見たりもしている。どこで出てくるか分からない画面遷移を探すのは審査に支障をきたすこともあるそうです。
調査用のデータソースが変わるかもしれないし、変わることにより特許審査に影響がでるかもしれない。SNSなんかも発展しているので、「公知」の概念も変わってしまう可能性もあります。こういう風に制度はどんどん変わっていくし変化の速度も速くなっていくんだろうなとは考えています。
気になる分野は材料
個人的に注目しているのは材料分野ですね。世の中の趨勢は絶対ソフトウェアやネットワーク技術のほうに行きそうな傾向はありますけど、調べていると日本はやっぱり素材技術が強いです。
特殊な合金とか有機素材とか…私も詳しいわけではないですが、興味があって勉強を続けるようにしている分野です。
知財業界・知財業界を志す人達へ
私は知財業界の知名度が低かった時に何もわからず入ってしまったのですが、この業界に携われてよかった、ラッキーだったと思います。
知財業界は、勉強することがとにかく多いですよね。制度のこともそうだし、技術や語学の勉強もやり…それが楽しい方にはめちゃくちゃ楽しい業界だと思います。
SNSなどで界隈を見渡してみると、お仕事はもちろんそれ以外の知識も豊富で、人間的にも魅力的な方が多いと感じます。
知財はあらゆる産業と繋がっているので、今の仕事と直接関係なくても勉強すればするほど楽しいです。仕事に役立つための勉強だけではなく、幅広い分野の勉強が必要になってきますし、そういう勉強をした方が楽しめると思いますよ。
私は、ゲーム業界やファッション業界を勉強するのが好きですね。ゲームは通信と切っても切り離せないですし、ファッションはSDGsと絡んで素材や加工方法などの新しい特許が出されていることもあって非常に面白いです。
いろいろな分野が相互につながる、という事例は今後もっともっと増えていきます。何と何がつながるか分からないからこそ、(仕事の勉強をするだけでも忙しいかと思いますが)そこだけで閉じず、面白いと思うことをどんどん勉強していくといいと思います。
お知らせ
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