width=

技術の最先端「特許」の活用とその魅力 株式会社シクロ・ハイジア CEO 小林 誠 氏インタビュー

コーポレートガバナンス・コードに知的財産が入ってきたりと、日本における知財に対する意識が大きく変わってきている「意識改革元年」となった2021年。

今回は株式会社シクロ・ハイジア CEO 小林 誠 氏にお話を伺いました。

主な経歴:

現職:株式会社シクロ・ハイジア 代表取締役CEO
大阪大学 オープンイノベーション機構 特任教授
KIT虎ノ門大学院(金沢工業大学大学院)イノベーションマネジメント研究科 客員教授
大阪工業大学 知的財産専門職大学院 客員教授
東京工業大学 環境・社会理工学院 非常勤講師及び生命理工学院
NEDO 技術戦略研究センター 客員フェロー

出身大学:

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 国際関係学専攻修士課程修了
東京大学大学院新領域創成学科研究科 環境学専攻社会文化環境コース修士課程修了
東京大学大学院新領域創成学科研究科 メディカルゲノム専攻バイオ知財コース博士後期課程単位取得後退学

プロフィール:

国際特許事務所、大手監査法人、外資系大手M&Aアドバイザリー会社を経て現職に至る
経営・事業戦略アドバイザリー、M&Aファイナンシャルアドバイザリー、知的財産戦略アドバイザリーを専門とする
製造業およびICT業界におけるIPランドスケープを中心とした事業戦略策定、新規事業開発、知財戦略策定、グローバル知財マネジメント、移転価格税制対応、知財組織体制構築、戦略人材育成、オープンイノベーション・ビジネスエコシステム構築・企業アライアンス支援等に従事
官公庁・地方公共団体・大学・公的研究機関等の公的事業、中小・ベンチャー・スタートアップ企業支援、地方創生・産業振興等にも携わる

鮫島正洋弁護士との共著『知財戦略のススメ』を代表作に、『IPランドスケープ経営戦略』等、著書・論文多数、「グローバル知財戦略フォーラム」でのモデレーターや、「IPBC Asia」でのスピーカーを務めるなど講演実績多数。

― 知的財産との出会いは?

そもそもの知財との出会いは学生の時です。私は学歴が少し変わっているのですが、国立工業高等専門学校に5年間通い、当時の専門は工業化学でした。
そこで受けていた講義の一部で「特許」の話があり、それが最初の知財との出会いでした。
その後、神戸大学に3年次編入し、バイオ分野について学びました。

業務としてはじめて知財に関わったのは、大学在学中に地元の大手化学メーカーの研究所で1年間研究補助をしていた時です。
業務で「特許の調査をやって」と言われたのがきっかけでした。そこで研究テーマに関する特許調査をやって、「こういう世界があるんだ、面白いな」と思い、早稲田大学大学院で知財法をテーマに研究をしました(修士課程で国際関係学専攻。国際法の位置づけとしての知的財産法という観点でグローバルでのハーモナイゼーションや、日米間における法の比較などを行う)。

ちなみに、当時は東京大学大学院(新領域創成科学研究科 環境学専攻)とダブルスクールをしておりました。一方で特許法を学び、一方では微生物をいじくっているというようなせわしなくも充実した学生生活でした。

― 就職してからは?

新卒で就職した国際特許事務所では外国出願の権利化などを中心にいわゆる特許事務所業務はもちろんのこと、先行技術調査や、お客様にスタートアップが多かったことからコンサルティングなどもやっていました。
お客様はバイオ・製薬系の企業が多かったのですが、製薬会社は特にビジネスと権利が直結するということもあり、30~50ヵ国もの国で出願をするなど、知財に多額の資金を投資されているのを目の当たりにしました。そこで「これだけのお金かける意味は何なのだろうか?この技術・特許にはどれだけの価値があるのだろうか?どれだけのリターンが得られるのだろうか?」という疑問を感じるようになりました。

特許事務所で色々な業務を行うにつれて、知財の権利取得だけでなく“知財の活用”といったところや、それだけの大金をかける意味を知りたくて監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)に転職しました。

― 監査法人ではどんな業務を?

転職当初は、監査法人の本部業務開発にて、新規事業として知的財産サービスの立ち上げに関与し、その後、デロイト トーマツFAS(現 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー)に転籍しています。

デロイトでの業務は大きく分けると3つありました。

1つはM&Aのファイナンシャルアドバイザリーです。
日本企業のお客様が海外のスタートアップ企業を買収したり、出資したりする案件を支援すること多かったです。

― ここ10年でそういったM&Aの件数はどうなっていますか?

オープンイノベーションが当たり前のようになり、それに伴いM&Aの件数自体は伸びています。ただ、年数を経て中身というか傾向が変わってきています。
以前は「規模の拡大や海外進出のために同業他社を買う」といったシンプルかつ大型の案件が多かったのですが、最近は新規事業の展開を狙うなどの目的から細かく色々な企業を狙っていくというのが多くなっています。また、オープンイノベーションやビジネスエコシステムという観点から行われるM&Aが増えてきているような印象を受けます。

以前はいわゆる“モノづくり”で、「特許をとって製品をつくれば大丈夫」というものでしたが、途上国などが低価格でそれなりの機能や品質のものを作ることができるようになったため、技術的な部分だけを強みとしたモノづくりでは差別化が難しくなり、結果として「今までの製品・サービスでは競合優位性が発揮できない」という事態となってしまいました。

こういった事情から新規事業や差別化のために外部リソースを求めてスタートアップを狙っているというのがあるかもしれません。

さらに大企業では基礎研究に対する研究開発投資やリソースが削減されつつあります。それを補うために外部で技術を育ててくれたり新規ビジネスのアイデアを生み出してくれたりするスタートアップ企業とM&A等をきっかけに一緒にビジネスやっていくケースなど、(自社だけではビジネスが成り立たなくなってきているので)他社と連携してビジネスを展開していくことが増えたのではないでしょうか。

― なぜ海外のスタートアップを買収するケースが多いのでしょうか?

私は、日本にも素晴らしいスタートアップ企業がたくさんあると思っているのですが、大変残念なことに、例えば「シリコンバレーのIT企業」と言った方がわかりやすく聞こえがいい、または技術力があるのではないかと考える方もいらっしゃる場合もあり、ある意味で妄信的に海外スタートアップ企業との提携を希望する企業が増えているのかなとも思います(笑)。

それから傾向としては、欧米や諸外国の企業は創業当時から経営において知財をすごく重視しているところが多いです。創業者や経営者自身が知財の重要性をしっかりと理解して戦略的に検討していたりするので、そういった知財リテラシーの高い企業の方が連携先として望ましいと考えられることが多く、結果として海外スタートアップ企業に行きつくということもあるかもしれません。

― 日本企業の知財リテラシーはどうでしょうか?

日本の企業は経営陣がそもそもあまり知財に興味・関心がなかったり、「特許は大事である」と思っていても実はその意味や中身をあまり理解していなかったり…というところがあるのも事実で、さまざまな案件に関わっていく中で、諸外国と日本の知財に対する認識や意識が全く違うなと思っているのが正直なところです。

企業を買う側の企業も「欧米の知財リテラシーが高い企業から買いたい」ということはありますね。

ただ、日本企業が欧米のスタートアップ企業を買収したあとに、その企業をあまりうまく活用できないことも多いです。(言語の問題もあるのかもしれませんが)シナジーを最大化するためのマネジメントができていなかったり、日本の大企業と意思決定のスピード感が合わなかったりというのも見てきました。

― 他にはどのような業務をされてきましたか?

2つ目は経営戦略です。企業が新規事業を作るときに、知財がフォーカスされますので、そこでファイナンスと経営、知財を合わせた戦略提言、経営計画の策定を行っていました。

例えば、「5年の中期経営計画を立てましょう」というときに、どういう方向性でやっていくか、自分たちの経営資源にどういう技術があり、どのように強みとなりうるかといった分析が必要になります。そのなかで少なからず知財が論点となることが多いため、知財も含めた戦略コンサルをやっていました。

あとは、3つ目として、研究開発・知財戦略の構築、知財デューデリジェンス、知財価値評価、移転価格税制対応、グローバルな知財管理体制構築など、知財に特化した権利化以外の様々な知財コンサルティングを担っていました。

― 現在もこれら3つを軸に業務を?

そうですね、2019年から独立創業して今の会社を経営していますが、スタンスは同じです。

ただ、いろいろなことをやっているので、「本業は何か?」という質問を受けてしまうこともあります。例えば、あるクライアント様には、弊社はファイナンシャルアドバイザーや戦略コンサルティングが専門だと思われていたり、アカデミアのポジションが本業であると勘違いされたりすることもあります。案件の中で知財の話をすると「え、小林さん知財も凄く詳しいんですね」なんて言われたこともありました(笑)

私はいずれも本業であり、二刀流ではないですが、副業ならぬ複業だと考えています。

― 知財の重要性を広めるための取り組みを何かされていますか?

現在、知財専門職の方だけでなく投資家や経営者に対しても知財の重要性を分かっていただくための普及・啓発活動にも取り組んでいます。また、大小含めて様々なテーマの講演を年間で100件以上行っています。あとは書籍や記事を書いたりですね。

あとは、アカデミアで大阪大学、大阪工業大学、KIT虎ノ門大学院での教授職と、東京工業大学では非常勤講師をさせていただいています。そこでは知財だけでなく、経営戦略・事業戦略、会計・ファイナンスや新規事業・アントレプレナー教育に関することなどの講義をさせていただいています。

また、NEDOの技術戦略研究センターで客員フェローをさせていただいており、国プロにおいても、知財や標準化に関する重要性についての講演やアドバイスをしたりしています。

― どういう方が受講されていますか?

やはり企業知財部や特許事務所に勤務されている方など、社会人の知財人材が多いです。ただ、それだけでなく最近は投資家・金融機関・ベンチャーキャピタルの方や経営者の方、新規事業を検討されている企画部系の方など、知財を全く知りませんという方もたくさん聞きに来てくださっています。

― 「こういう人に講演を聞いてほしい」という方はいますか?

今以上に企業経営やファイナンスの世界にいる方が知財に目を向けてくれるといいと思います。

金融業界、つまり銀行、証券会社、投資銀行、VCなどの方が企業の本当の強みである知財を意識してくれるようになるといいという思いがあります。こういったところが意識変化してくると、必然的に経営者の意識も変わりますし、それにより経済社会における知財の位置付けも変わってくると思います。

今年のコーポレートガバナンス・コードの改訂に知財の論点がはいってきたというのもありますが、こういった業界に知財が分かる人間が増えてくるといいなと思います。

― さまざまな事をされていますが、特に記憶に残ったお仕事は?

もちろんいくつもありますが、特に記憶に残っているのは、デロイト在籍時に、製薬関係の企業のM&A(海外案件)でその会社さんの将来を大きく左右するような案件に携わったことです。

ファイナンシャルアドバイザーとして、ただの青写真を描くだけでなく、お客様の中でもさまざまな論点で賛成派と反対派がいて役員の方々と一緒にその調整をしたりといった詳細な部分まで携わらせていただいたこともあり、特に記憶に残っています。また、それだけでなく実際に対象企業を買収したあとの統合支援にも携わらせていただきました。

さらに、その買収をきっかけに、会社の2030年までのビジョンを作るという業務にも関わらせていただきました。コア技術や買収企業を分析し、自社のR&Dの弱みをカバーするにはどうしたらよいか、何を目指し、社会にどのような価値を提供していくべきかといった長期計画を立てるところに関与させていただけたのは非常に貴重な経験でした。

― 日本企業で知財意識が高い企業を見極めるためのわかりやすい指標を教えてください

やはり知財出身者が役員に入っている企業であるということがわかりやすい特徴ではないかと思います。それだけ会社として知財を重視しているということの証明にもなると思います。

また、「知財=特許」ではなく、保有している知財、無形資産と言った方が正確かもしれませんが、その強みを客観的に見て分析することが必要なのではないかと思います。

― とすると、バイアスがかからないように自社だけでなくあえて外部からの目線を入れることも重要でしょうか?

はい、社内バイアスがかからないような外部が客観的に分析することもポイントの一つです。知財コンサルを使えばいいということではないですが、投資や経営といった視点から知財を分析するような企業や職種が増えたらいいのにと思います。

現在は、ニーズ自体はあるが、仕事の受け手が少ないという印象があります。

― 知財がお金になるというのがわかったら企業は知財に力をいれるのでは?

知財のマネタイズには2つの意味があると思います。一つは権利行使です。知財を侵害している企業に訴訟を仕掛けて、ライセンスを促すというような直接的なマネタイゼーションです。

しかしそういった本業とは関係ないところで小銭を稼いでも意味がないと思いますし、逆にそれが技術流出につながるというリスクもあるかと思います。
こういった方法でのマネタイズは以前に比べて沈静化しているような印象を受けます。

もう一つの今でいうマネタイズは、一言で言うとユーティライゼーション(活用)です。

うちはこの技術を持っていますというのをアピールしつつ、だから一緒にやりましょうよという形で企業連携のためのツールとして活用していくという方法になります。つまり、知財で直接的に稼ぐのではなく、知財を梃子にしてビジネスで稼ぐという活用です。オープン・クローズ戦略において、市場拡大を目的とした無償ライセンスでオープン化していくようなケースもあります。

最近はこういう案件が増えてきていて、知財の使い方というところの重心がかわってきたような印象を受けています。実践するにはやはりその知財・無形資産の強みを見極めたうえで、そのビジネスにおける提供価値をアピールしていくことがポイントになります。

結局は交渉の世界なので、提携候補の相手に対して例えば「この技術はビジネスの競争力において非常に重要であり、しっかりと知財として保護されており、我々と組むことで顧客に対してこのような新しい価値を提供することができるので、あなたにとってこれだけ有益です」というようなナラティブな説明やアピールをしていくことが重要です。

― 現在注目している分野や技術はありますか?

人の命に繋がるところが好きなので、ライフサイエンス分野にはずっと注目しています。特にこれまでの薬や医療機器という文脈だけでなく、第3のモダリティとして注目される、「デジタルセラピューティックス」という、いわゆるデジタル治療とも呼ばれる、デジタル技術を用いた疾病の予防、診断、治療、予後等の医療行為や医療管理というところに興味があります。たとえば、米国のAkili社が開発し、日本では塩野義製薬がライセンスを受けている小児の注意欠陥・多動性障害(ADHD)の注意機能改善用の治療用アプリがあります。米国のFDA(食品医薬品局)での認可も受けており、タブレットによるゲーム形式でキャラクターを動かして障害物を避けながら、画面に現れる特定の標的だけにタッチするなど、同時に2つの課題をクリアしていくことで、ADHDと診断された小児の注意機能を改善することができるそうです。

あとは、日本のスタートアップ企業で言えば、キュア・アップ社さんのいわゆる禁煙用のニコチン依存症治療用アプリなんかも非常に面白いですね。医学的エビデンスに基づいた医療機器プログラム『治療アプリ』で薬事承認も受けていますし、アプリからの個別化されたメッセージを通じて、患者の考え方や行動を正しく変容させ、正しい生活に導き治療していくものになります。

またデジタルセラピューティックスは、それ単体だけではなく既存の医薬品や医療機器による治療と組み合わせることでさらに治療効果を上げていくことも可能となるため、既存技術とデジタル技術の組み合わせによる新しい価値の創出という意味でもこういった技術に注目しています。

あとはwell-beingという身体的、精神的、社会的な人間の健康や幸福に資するような、あるいは医療・介護も含めて人間拡張に資するような、デジタルとロボティクスの掛け合わせなど、ライフに関わるような分野に広く注目しています。

― X Techといったようなイメージになるのでしょうか?

そうですね、AIなどのさまざまな技術を使ってテクノロジーが発展し、それが民主化されたときにどう実感できるのかというところがすごく気になっています。スマートシティなんかもその一環と思いますが、いろいろな技術が組み合わさってより発展していくというのにも面白味を感じます。

― 知財業界を志す人へ

知財業界はすごく面白い業界と思っています。研究開発であったりと、知財は人類・社会の将来を変えていく力の源泉です。

いわゆる産業革命で蒸気機関や車、飛行機ができたのと同じで、人の夢やニーズが技術によって実現されていく最先端に触れることができるのが知財業界の面白さだと思います。
革新的で多くニーズがある技術はビジネスになるもので、それを特許出願する時点というのが一番初めにその技術に触れることができる機会になります。

そういったことを面白いと感じる若い人に知財業界を目指していただきたいですし、今後ますます知財の重要性は高まってきますので、活躍の場は大きく広がっていると思います。

株式会社シクロ・ハイジア: http://www.cyclo-hygieia.com/