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知財法務の道しるべ

青山学院大学法学部特別招聘教授 石田 正泰 プロフィール

青山学院大学法学部特別招聘教授
経済産業調査会監事
日本デザイン保護協会意匠研究会会員
日本MOT振興協会知的財産委員会副委員長など

略歴
凸版印刷株式会社 専務取締役(法務本部長兼広報本部長、知財専門子会社社長)
日本経済団体連合会知的財産部会長
日本知的財産協会 副会長・ライセンス委員長・フェアートレ―ド委員長
東京理科大学専門職大学院研究科長・知的財産戦略専攻教授
理化学研究所 アドバイザリー・カウンシル委員など

主な著作
「企業経営における知的財産活用論」
「技術経営(MOT)におけるオープンイノベーション論」
「知的財産契約実務ガイドブック」
「ライセンス契約実務ハンドブック」
「特許実施契約の基礎知識」
「特許実施契約の実務」

知財との出会い~現在

知財との出会いは、当時勤めていた会社でデザイン企画部を経て特許部に入ったときでした。知財実務をしていくなかで、より専門的な勉強をしたいと感じ、法律事務所に転職を考えました。その旨を会社に申しでたところ止められました。そして、残職のまま法律事務所に勤め、ライセンス契約などの契約業務を中心に3年間業務を行いました。

その後は、大学院で知財を法的観点から深め、実務がわかり学問を知ったうえで仕事をすることの重要性を実感しました

現在は、企業において法務本部長をやっていた経験や、東京理科大学大学院で教鞭をふるった経験を活かし、青山学院大学で特別招聘教授として知財にかかわっています。

知財担当は独禁法を学べ

現在、知的財産は権利を取得する時代から権利を活用する時代に移行しています。知財は数ではなく、活用されることによって価値を評価されます。

知財を活用するには、知財の担当者が独禁法(独占禁止法)を意識する必要があります。なぜなら、知財の権利行使が独禁法に抵触してしまうと、その権利行使自体が無効になってしまうからです。

たとえば、権利を活用する際には契約を締結することになりますが、その契約が仮に独禁法に違反して無効になるようだと、権利活用の大きな障害となってしまいます。

知的財産権を活用する際に、経済憲法といわれる独禁法を考慮せざるを得ません。

このことから、私は教育あるいは実務において「独禁法」を非常に重要視しています。

知財部は企業にとって重要なポジション

知財分野は、企業の事業内容そのものではないことが多いですが、どの企業であれ事業の発展に知的財産の活用は不可避的です。

つまり、知財部は企業にとってものすごく重要なポジションといえます。

たとえば、大企業だとアメリカ、中国など様々な海外の弁護士資格や弁理士資格をもつ部員を含む数百人規模で知財部を構築しています。

私の経験した企業だと法務本部の中に知財部門があるという体制でした。

そこには

  1. 知財の出願調査・出願をする部員
  2. 知財戦略をまとめ、事業戦略に落とし込む部員
  3. ライセンスや訴訟などを行う部員

がいました。

私自身も出願を担当した経験があり、多数の特許の明細書を書きました。もちろん技術そのものの部分は、実際にその職務発明届をおこなう専門の技術担当者が書きますが、一部の特殊な部分を除いては法務本部所属の知財部員が明細書を書いていました。

特許出願は、技術者と一体となり行うことが非常に重要なポイントです。

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※続いて、企業が自社の知財を他社に売買・ライセンスする場合に注意する事項についてのお話を伺いました。

知財の売買・ライセンスをする際のポイント

これは非常に重要なテーマです。このテーマで1~2時間話をしたくなってしまうほどです。

知財の活用は、大きく分けると自社実施と他社への売買・ライセンスに分けることができます。

知財の売買・ライセンスということに絞れば、大きな流れは

  1. 相手との交渉
  2. 交渉内容を踏まえた戦略的な判断
  3. 契約締結

となります。

この作業を、多くの場合は“利害関係を有する他社”と行っていくわけなので、まず自社において契約の対象となっている知的財産を適切に評価することが非常に重要です。

知的財産は大きく産業財産権、著作権、ノウハウという3つに分かれますが、産業財産権は登録主義、著作権は無方式主義、ノウハウは自社内でどのような状態で管理されているかということが重要であるなど、それぞれの知財の性質によって重要な注意点・ポイントが分かれます。

まずは、こういった基本的な知識を経営者や知財担当者が持ち、理解していることを「基本」とします。そして、これらの性質を理解したうえで自社の実体的・内容的な部分を検討することを「応用」。そして、この「応用」を踏まえて、将来的な目線をもって事業戦略を練っていくことを「戦略」というとします。

経営者や知財担当は、自社の知財を「基本」・「応用」・「戦略」に分けて整理しておくということが非常に重要です。

たとえば、海外と契約をするときに、契約書において「Exclusive License」というワードが使われていたとします。契約担当者は、これが日本の特許法における専用実施権(※)なのか、それともそうではないのかを検討する必要があります。


(※)専用実施権…特許法77条に規定されている権利で、専用実施権者となった場合は、定められた範囲内において、その特許発明を実施する権利を有します。

 日本の担当者が英語で書かれている文言をみて、無条件で日本法的な考え方(この事例では「専用実施権」と読むことが想定される)に基づいて契約書をチェックしたが、実は契約相手の海外企業はそうは思っていなかったという、認識の齟齬があるケースは少なくありません。

こういった事態を避けるために、基本的な知識を持ち、権利の実体を理解したうえで、契約を締結し、事業戦略を練っていく必要があります。

他の例だと、

ある日本企業Aが海外企業Bから知財B´のライセンスを受けていたとします。事業戦略の一環で、日本企業Aは子会社を設立し、その子会社に知財B´のライセンスをしてビジネスを展開していこうとしていたというケースがありました(下図参照)。

しかし、日本企業Aの法務担当者が海外企業Bとの契約を読み返してみると、実は知財B´はそういった方法での活用ができる権利ではなかったといったことがありました。

これも、基本的なことを把握していなかったため、知財の「応用」ができなかった一例です。

もっと身近で基本的な例を挙げると、 日本企業同士の契約で、「相手に専用実施権を設定したら自己実施権がなくなる」ので、「専用実施権を設定したうえで自社利用をしたい場合にはサブライセンスを受けなければならない」ということを理解しておらず、トラブルに発展したケースもありました。

この他にも、知的財産権の基本を理解しないまま契約をし、訴訟になって気が付くというケースがかなりあります。こういった問題を避けるため、知財の専門家と経営者が一緒になって事業戦略的な判断をしていく必要があります。

これからはオープンイノベーションを活用する時代

これからはオープンイノベーションの時代だと思います。

オープンイノベーション時代のポイントはやはりオープンクローズ戦略への理解です。オープンクローズ戦略を、単純に、「クローズしている技術を選択的に開く戦略」と理解しているだけでは不十分です。

技術をオープンにする側としては、たとえばそれがノウハウであれば、当然オープンにするとノウハウとしての秘密管理性がなくなります。ここでも、権利の性質をしっかりと理解し、自社の状況も併せて検討していくという「基本」と「応用」が重要です。オープンイノベーション化する前提として技術や権利の輪郭をきちんと把握しないといけません。

正確な知識をもっていることは当然の前提で、自社の権利の性質とオープンにすることの意味を理解し、独自技術などはしっかりクローズにしたうえでオープンにする戦略をとることが必要です。オープンイノベーションの時代には、基本的な知識を前提に、その権利をオープンにすることで生じる問題をしっかりと自社内で整理したうえでオープンにする必要があります。

知財の取引をより活発にするためのポイント

知財の活用としては、知財取引がありますが、知財取引の大きな課題は知財自体の価値評価が難しいことです。価値評価について信頼できるガイドラインのような、指標になるようなものはありませんので、価値評価自体が曖昧にならざるを得ない部分があるためです。

このことから、知財取引はビジネス的に見込みが立たないことが多く、見込みが立たないビジネスに対しては会社としても動きにくいため、知財取引それ自体が活性化していないという実態があるのではないかと思います。

知財取引は海外においては活発なケースがありますが、たとえばアメリカは日本よりも知財をビジネス的に評価できる人材が多いなど、ガイドライン自体も日本より整っている傾向にあります。

日本企業が知財取引を活発化するためには、まずは知財をビジネス的な目線で見ることができる人材を確保することがポイントになってきます。

知財のマネタイズのポイント

知財のマネタイズのポイントは、自社の状況あるいはその知財が属する業界の理念をしっかりと理解したうえで、知財を「見える化」して売り出していくことがポイントです。

個人的には、知財をどのように「見える化」するかがわかっていない企業が圧倒的に多いと感じます。知財を「見える化」するためには、知財担当レベルにとどまらず、経営者レベルの人物が知財をしっかりと把握し、方針を決めていく必要があります。

もちろん、経営者が知財の知識を十分にもっているわけではないケースが大半だと思いますので、経営者が知財担当や弁理士・弁護士といった専門家と一緒に事業戦略を策定していくことが必要です

知財の価値を活かし、それをお金にかえるためには、経営者は知財の専門家と一体となって、自社の知財のセールスポイントをしっかり理解・考慮したうえで、「見える化」のみならず「見せる化」(あるいは「魅せる化」)したうえで、自社の知財をPRしていく必要があります