大企業の開放特許を活用して新たな技術を生み出す知財マッチング事業を地方自治体が主体となって行ったことで知られる「川崎モデル」。その対象企業に技術の強みと協業連携の強みを伺います。
今回は、金属部品加工・メカトロ装置設計製作の佐々木工機株式会社の佐々木政仁社長、総合測定機器メーカー株式会社ミツトヨ開発管理部 知的財産管理課の植田兼史両氏に、「川崎モデル」で3製品を共同開発した経緯を伺いました。
-「川崎モデル」の対象となっている3製品の概要と強みについてお聞かせください
佐々木:一つ目は「真空吸着ツールスタンド」です。
私たち加工業者は最終工程で図面の寸法通りに加工ができているかを測定するのですが 、その測定ツールを「定盤」と呼ばれる測定台に固定するのがこのスタンドです。定盤はかつて鉄製のものが非常に多く、マグネットを用いたスタンドが普及していました。
ですが、鉄製の定盤はサビの問題や、温度による体積の変化が大きいなど不便な点もあり、現在はこういった欠点のない石製のものが多くなったのです。石にはマグネットスタンドは使えませんから、新たな固定技術としてミツトヨさんが特許出願していたのが真空吸着技術(特許第4616563号)でした。今回この技術を製品化したという格好です。
一般的に真空をつくるためには真空ポンプで空気を抜くことが必要ですが、真空ポンプは簡単に用意できるものではありません。一方、今回の真空吸着はそれとは逆にコンプレッサーで空気を注入して真空をつくる技術です。コンプレッサーであればどこの工場にもありますので、従来の技術に比べてかなり手軽に使用することができます。
佐々木:もう一つは「プリロードエアベアリング」です。
見た目や大まかな機能は真空吸着ツールスタンドと同じで、やはり測定器具を固定させるツールなのですが、エアーを使って定盤からわずかに浮かすことができます。空気の排出ポートを押さえると底面に空気の膜ができ、数ミクロンだけ浮いた状態を作るという仕組みで、かなり精度高く定盤と水平な状態を保てるので、今のところは重たいものを載せて移動させるとか、まっすぐに「けがき線(加工するものにあらかじめ書き込む加工目安の線)」を引くといった用途に使えるのではないかと模索しています。
植田:最後の「Air-fix」も「真空吸着ツールスタンド」とほとんど同じ用途のものなのですが、真空を発生させる装置をスタンド内部に取り込んで静音化することに成功しました。今までのスタンドでは真空を発生させる際に「サー」という大きな音が出るため、それを静音化する改良を加えました。
また、排気口2箇所を指で押さえるだけで「吸着させる/離す」という切り替えが非常に簡単にでき、素早くスタンドの設置ができるようになっています。今までのスタンドは大きくて重たいものが多く、設置にもかなりの時間がかかっていましたから、ワンタッチでつけ外しができるのは従来製品にない強みですね。我々はこれに「時短治具」というサブタイトルというかキャッチフレーズを付けてアピールしています。
-いずれもエアーを駆使して器具を固定する製品ですね。これらはいわゆる「川崎モデル」の実例として挙げられますが、「川崎モデル」として協業するに至った経緯を教えてください
佐々木: 今回調べてみてこんなに時間が経っていることにびっくりしたのですが、そもそものきっかけは2013年11月に行われた川崎市主催の知的財産交流会に参加しようと思ったことでした。
結局当日は急な仕事で参加できなかったのですが、その後川崎市の職員の方と川崎市産業振興財団の方がわざわざ会社まで訪ねてきて、「ミツトヨさんのこういう特許があるんですがどうでしょうか?御社のエアー技術が活かせますよ」と個別にご紹介してくださったのです。
もともとこの職員さん達は、「出張キャラバン隊」(市内の工場を回ってそれぞれどのようなものを作っているのか共有する活動)などの活動で面識があり、うちがどんなものを作っているのか、強みがどこにあるかを既に把握されていました。
その時はさすがに二つ返事というわけにはいかなかったのですが、その後考えに考え、「ミツトヨさんと一緒にやらせていただけるのは普通だったら考えられないチャンスだ」と思い協業に踏み出しました。
―ミツトヨ側の経緯はいかがでしょうか
植田:「真空吸着ツールスタンド」の基本特許は、弊社の木村師匠(「師匠」は卓越した技能者に与えられる弊社独自の役職名)の発明で2004年に特許取得したものです。この技術をもとに製品化を検討していましたが、事業化に足る開発・販売ボリュームが見込めず断念しておりました。
そこで、開放特許に指定して、2013年秋頃から川崎市産業振興財団にライセンス先を探してもらったところ、すぐに佐々木工機さんをご紹介していただきました。
「真空吸着ツールスタンド」の開発過程では木村師匠から佐々木工機さんへ若干のアドバイスをしたほかはミツトヨが開発に関与することはほとんどありませんでした。
佐々木: 「真空吸着ツールスタンド」は、木村師匠から都度フィードバックをもらって微修正を繰り返しながら何度か試作して製品化しました。製品化された際には川崎モデルの技術提携事例ということで川崎市の合同記者会見にも参加しました。全国紙を含めて7社くらいの新聞社から取材を受けたんですよ。
植田:この製品化の後、弊社研究開発スタッフとディスカッションしていくうちに改良を進め、「プリロードエアベアリング」の発明が生まれました。
特許取得後(第6276318号)に佐々木さんに試作をお願いしたところ、なんと佐々木さんは寸法もない特許図面をもとにあっという間に試作機を作ってくださいました。しかも試作第一号で作ったものがすぐに機能するものだったのです。これには驚きました。
ミツトヨ社内ではこの「プリロードエアベアリング」を単独で製品化することはないと思いますが、三次元測定機(対象の縦・横・高さを精密に測定する測定機)のエアベアリングとして採用する可能性はあります。また、この「プリロードエアベアリング」を部品として製造販売する可能性はありますので、佐々木さんへ追加ライセンスを提案して、契約させていただきました。
しばらくして、今度は佐々木さんの方から新たな考案されたというお話をいただき、佐々木さんとミツトヨ側の技術者とで会議を重ねてアイディアを出し合いました。その中で私が三次元測定機の定盤上で被測定物を固定させるための「eco-fix」という当社製品と組み合わせてその技術を使えないかと考え、それを元に共同開発を進めて「Air-fix」が生まれました。
佐々木:新型の器具の話をしたのは「プリロードエアベアリング」のライセンス契約の会議の中だったと思います。私が「こんなものを考えたのだけれど」とお伝えすると、植田さんが乗ってきて、「実用新案などで権利化しておいた方がいいんじゃないですか」と言ってくれたのです。その後しばらくして植田さんが「あの技術は特許でも行けそうですね」と言ってくれたので、私の方も本気になりまして(笑)。本格的に開発・権利化を行おうとなった次第ですね。
もともとは平面を研磨する器具の固定という用途を想定していたのですが、色々応用が考えられたため、植田さんをはじめとするミツトヨの方々と権利化に関するディスカッションを重ねました。みなさんと話しているとアイディアが泉のごとくあふれてくるんです。あまりにアイディアが出てきすぎて一つの特許に盛り込みきれず、もう一つ特許を出願するという運びになりました。また、佐々木工機・ミツトヨの両社でアイディアを出して作った技術だったのでこの際特許を共同で出願しようかという話になりました。
この共同出願は佐々木工機にとってすごくありがたい話でした。佐々木工機単体で特許を出願するよりも、ミツトヨさんと一緒に特許出願をする方が、佐々木工機にとって価値が大きいと考えています。そもそもミツトヨさんと一緒にここまでできるとは夢にも思っていなかったですから。
その後もアイディア出しは留まるところを知らず、様々なものを一緒に考案したのですが、ここらで一旦まとめたものを出そうということで製作したのが「Air-fix(時短治具)」になります。
―8年の間にだんだんと関係が密になっていることがうかがえますね。どういった体制で開発をされていたのですか
植田:そうですね。特定製品の開発などのテーマを決めたプロジェクトではなく、技術者同士が自由闊達に議論を行っていました。
また川崎市産業振興財団のコーディネーターさんに頻繁に会議に加わっていただいてアドバイスをいただけたこともあり、どんどんと連携が密になりました。
佐々木:今回ははっきりと目標を定めていたわけではないので何となく流れで来てしまっているところもあるのですが、だからこそ自然にチーム感が生じたのがかえってよかったのかなと思います。今はとてもいいチームとして開発を進められています。
―一つの目標を定めていないにもかかわらず長期にわたり連携が続いている秘訣は何でしょうか
植田:2つあると考えています。
一つはミツトヨ社内に社外との協業を厭わない優秀なエンジニアとよき理解者、協力者がいたこと。
そしてもう一つ重要なのは、自由な雰囲気の中で楽しくディスカッションを重ねることができたこと。前述のように川崎市産業振興財団のコーディネーターの方々のお陰で、様々なサポートやアドバイスを頂けて毎回大変充実した打ち合わせを行うことができました。
―自由な雰囲気で自然とチームができるというのは理想の環境だと思います。
そのように企業が外部と連携して技術・製品開発を成功させるにはどのような意識付けや心構えが必要でしょうか
佐々木:「結果的にこのような取組みがうまく行った」というお話しかできませんが、先ほど言ったように自由な環境で、信頼し合って開発に取り組むことですね。間に川崎市産業振興財団の職員の方々が入ってくださったこともあり、お互いに安心し、ちょっとしたことでも相談して信頼しながら進められる環境があったことが大きなポイントだと思っています。
また、これも「信頼」の一つかなと思いますが、植田さんをはじめとするミツトヨの方々には大変お世話になっていて「ここまでしてもらったからには何か応えないと」と思って頑張れたというのも一つですね。
植田:佐々木さんとほとんど同じになってしまいますが、まず、自由にアイデア出しやディスカッションができる環境や雰囲気が必要で、そのためにはお互いを信頼できていることが大事だと思います。また、先ほど佐々木さんがおっしゃっていたことの裏返しですが、佐々木さんには試作品をすぐ作ってもらうなど大変お世話になっています。会社が大きくなると試作品一つ作るためにも稟議を通したり会議をしたり手続きが煩雑になるため、そのスピード感が出せないんです。毎回試作にもお金がかかっているでしょうし…その点でも感謝しています。
あとはいろいろな技術に詳しい顔の広い「おせっかいな」第三者の存在ですね。川崎市の産業振興財団の方々のことですが、いたる所で取り次いでいただいて非常に助けになりました。
―「おせっかい」といえば川崎市の掲げる知財活用・技術提携戦略のひとつですね。
ですが、一般的に製造業は「自前主義」が強いと言われています。両社ともにそういったところはなかったですか
植田:確かに、会社としてはできるなら自社で完結する方が望ましいと思うこともあるかもしれません。ですが個々の技術者はちょっとアイディアを思いついたらMiSUMi-meviy(3DCADデータをアップロードするだけで即時見積もりから、最短1日で出荷するミスミが提供するサービス)にログインして図面を送ってちょっと作ってみようといった感じでやっています。個々の技術者で言えば今はそんなにこだわりはないんじゃないでしょうかね。
佐々木:「自前主義」の原因には提携が大掛かりになるととっつきづらくなるから、という側面もありますね。私たちの例で言えば最初に真空吸着ツールスタンドを作る話を頂いたときに、エアー技術をすでに扱っていたこと、社内で製作を完結できると考えたことがお受けするきっかけの一つにはなっています。
―知財をもちいた製品活用の強みや知財をきっかけとした協業の強みはどのようなところにありますか
植田: 知財があるということはすでに技術的な裏付けがあり、他社に対して競争優位な環境を手に入れているという強みがあります。製品販売においては、一定の宣伝効果も期待できます。協業時には技術の担保として安心して協業に踏み込めるでしょうし、もしも後発の類似品を牽制する狙いで追加の知財を共同で取得することになれば、その知財を「てこ」にしてさらに強い協業関係を構築できるでしょう。
佐々木:植田さんのおっしゃる通りですね。さらにうちの側から言えば、規模が違う大きな会社さんと一緒にやらせてもらえるきっかけとなったこと自体がプラスになります。「ミツトヨさんの特許を使って作りました」ということを公式ページに書けることそれ自体がブランディングになりますし、技術の裏付けになりますから、お客さんも安心してもらえると思います。
―共同での特許出願は今までの特許出願と異なる面もありましたか
佐々木:今までも明細書や図面を書いて特許や実用新案、意匠を出したことはありました。そのため今回の特許にも抵抗がなく取り組めたのは良かったと思います。ですが、その時の知財は実際に事業で活用できたかといわれるとそうでもなく、「勉強のために出しただけ」といってもよかった。
今回はミツトヨさんの素晴らしいアイディア、実用的な技術を特許にできるということで実際に活きる特許を作っていく体験ができ、そういった意味で異なっていますね。
―「信頼」から生み出される製品の今後が気になりますね。どのような展開を予定されていますか
佐々木:泉のように湧き出るアイディアがまだまとめ切れていないので、そのアイディアを落とし込んで、今回の「Air-fix(時短治具)」を皮切りとした関連製品をシリーズ化していきたいなと考えています。その他にも「こんなのできない?」と言われたら対応しますので(笑)、計測の分野のみでなく工作分野の方でも共同開発を進めていきたいなと思っています。
植田:私も今後「Air-fix」の応用展開をいっしょにしていきたいと考えています。先ほど名前が出た「eco-fix」も実は海外工場からの納期が遅かったり、輸入コストも掛かって値段が高かったり、結構不評な面もありまして(笑)。それに「eco-fix」を使うためにはどうしても石定盤の上にネジ孔が無数に付けられたベースプレートを載せる必要があり、そうすると折角の石定盤の高精度な平面度が生かせなくなっちゃうんです。それに実はベースプレートは石定盤の上でクルクル回らないようにするために、中央部が僅かに凹んでいるんです。ですから、将来的には佐々木さんのベースプレートが不要な「Air-fix」にさらにオプションパーツも追加してもらって、「eco-fix」をお持ちでないユーザーさんにもすぐに使えるようになるといいなあと思います。
また、ものづくりの基本は石定盤だと思いますので、その上で使えるプリロードエアベアリングの技術を応用した何か便利なアイテムができたらいいなと考えています。
あと、放電加工機の加工液に浸っていても吸着が可能な吸着治具については、佐々木さんのオリジナル発明として製品化に取り組まれるものと思います。加工液中で真空吸着してワークを好きな場所にがっちり固定できるなんて、凄いですよね?(笑)