企業で自社技術の権利化・知財活用に取り組む知的財産部の方々へ、普段の業務や企業全体の知財戦略についてお話を伺う「知的財産部インタビュー」の企画。
今回は、キヤノンマーケティングジャパン株式会社 法務・知的財産本部本部長 内尾裕一氏にお話を伺いました。
知的財産との出会い
大学では物理を専攻していました。同時に法律にも興味があり、その接点として弁理士という資格を知りました。当時は高度成長期から貿易摩擦、円高不況、という時代の中で、技術を何かで守る必要があるのではないかと感じていました。
こういった経緯や弁理士の先生との出会いもあって大学時代から弁理士試験の勉強をはじめ、キヤノン株式会社入社後に弁理士資格を取得しました。当時は「知的財産」という言葉はまだ一般的ではなく、所属は「特許法務センター」という名称でした。入社して10年は職人気質の上司の下で、「特許の職人」を目指して特許実務を修行させて頂きました。
特許業務の電子化と知財部門のグローバル化
「特許業務の電子化」で具体的に行ったことは国内・海外における特許業務、請求書のフルペーパーレス化です。紙のワークフローでは、本社に集中していた権利化部隊をいくつかの県に点在する 開発部門の拠点に配置することが困難でした。また、海外の特許は、紙で手続すると手続完了までに数か月かかっていました。米国のオフィスアクションは応答期間が3か月を超えると超過期間に応じて料金が増額されるのですが、やり取りに時間がかかるためその料金だけでも何億円にも上るような状況でした。そのような状況でも現場は紙のワークフローに慣れていたためペーパーレス推進には精神力を要しましたが、最終的に実現できたのはトップダウンの力だったと思います。
他社と比べても早い導入で、開発(事業)と知財の連携の強化とともに、現在のリモートワークへの布石にもなりました。非常に規模も大きなシステムであったため、今の言葉で言えば、特許業務のDXのような大きなインパクトがあったと思います。2000年頃に導入したこのシステムを、昨年まで20年間の長きに亘り使うことができたことからしても、先駆的なシステムであったのではないかと考えています。また同時期に、特許の検索システムも構築しましたが、検索ワードの情報漏洩がないよう配慮してオンプレミスで設置しました。
「知財部門のグローバル化」は、キヤノンの海外グループ会社の中に特許権利化部門の「直営店」を作り、そこで、代理業務を行って、各国で出願する施策のことです。日本では、企業に所属する弁理士は、グループ会社を含む第三者の特許出願を代理できませんが、第三者特許出願の代理が可能な欧米等の現地法人にそれぞれインハウス特許事務所の機能を持たせ、キヤノングループの特許出願の代理をするチャンネルを構築しました。私自身も欧州拠点のEMEA(Europe, Middle East, and Africa) の知財責任者を5年間勤め、特許の権利化業務以外にも、契約、係争、模倣品、ブランド、環境問題への関与など、様々な経験を積むことができました。このようなチャンネルを持つことで、海外の関係会社にそれなりに大規模な知財組織を持つことが可能となり、各地域の様々な知財問題に対応できる体制が構築できました。
また、海外の特許事務所の弁理士や弁護士との距離が縮まることで、彼らとの関係を飛躍的に深めることができるようになり、また、特許出願自体に関しても品質とコストのバランスをとることができました。キヤノンが米国特許商標庁(USPTO)に登録された企業ごとの特許件数は35年連続で5位以内でした。これは世界の企業で唯一キヤノンだけが達成していますが、上述した米国の関係会社の知財組織が大きな役割を果たしたことは言うまでもありません。
現在の業務内容 ーキヤノンマーケティングジャパン知的財産部についてー
このような職務を経て、現在は、キヤノンマーケティングジャパン(CMJ)の法務・知的財産本部の責任者を務めています。CMJはキヤノン株式会社の上場子会社で、カメラやプリンタなどのキヤノン製品の販売のほか、ITソリューションを提供しています。今では販売製品・サービスの4割近くがキヤノン以外の商品・サービスの提供となっています。即ち、技術ベース、シーズベースのビジネスで、成長してきたキヤノングループを、ニーズベースのビジネスで更に飛躍させるという、大きなミッションを持っているということになります。
CMJの知的財産部は、キヤノンの知的財産法務本部との間の組織活動・人的交流を経て、20年にわたる活動でほぼ特許件数0の状態から年間400件の特許出願体制、登録特許1000件を超えるポートフォリオを作りあげてきました。他に商標出願や模倣品対策、オープンソースの適切な取り扱いのための施策、著作権など、あらゆる知財業務を20人のメンバーで実現しています。
販売会社では、顧客の課題解決につながる製品・サービスが多いため、お客様の抱える課題が発明の出発点になっています。そして、その製品・サービスを考えるところから、知財担当者が一緒に入り、仕様検討段階から発明を拾い上げています。そのため、特許の取得は「開発から提案がきたから明細書を書く」という受け身の業務ととらえられることもありますが、CMJの知的財産部は「発明者と一緒に発明を創る」部門であって、自分たちが発明者の立場だったら、自分たちが事業を行う立場だったらといった意識を持って取り組んでいます。また、営業の方々が発明することも多いため、技術者向けでない、ライトな研修を用意して発明者の啓蒙に尽くしています。
CMJでは会社をあげて新規事業の創出を進めており、3年前に知的財産部の中に新規事業推進課という組織を作りました。通常R&D部門や企画部門が行う新規事業創出を知的財産部発で提案していこうという発想です。知財担当者は様々な技術や製品の知識、開発者との連携の経験を持っており、営業系の会社である当社では、新規事業の創出について彼らのリーダーシップに期待したいと考えました。産みの苦しみを経て、その成果を徐々に出してきていると感じています。
知的財産権の活用例 ―目的に合わせた利用法―
商社機能とSIer(システムインテグレーターのことで、システム開発にまつわる全ての業務を引き受ける企業)の機能を持つCMJでは、知的財産権の活用は複雑です。
SIerの分野ではソリューションの提供が自社の商材のみでは成り立たない場合があります。そこで、排除しあうのではなく、異なる強みを持つ企業同士で協業してパーツごとに良いものを揃えることで、顧客ニーズにマッチしたソリューションを提供できるようにビジネスを進めるという考え方もあります。特許取得の目的は一義的には他者の模倣防止ですが、副次的に、例えば顧客への技術力のアピール、協業相手に対する信用力の増加、強みとしてのアピールに用いることもできます。
例えば、協業相手先に「知財保護と営業は任せられる」との信頼を得ることができる点、入札時に特許があると有利に働く点等 があります。特に、ソフトウェアはハードウエアに比べて一般的に製品の強みが可視化されにくいので、特許はその内容を可視化し会社の技術的優位性を、分かりやすく伝えるツールになります。このような目的のために強みになる技術は特許を取得するようにしています。
また、特許権や著作権などの知的財産権だけではなく、協業の際にデータ(著作物ではないけれど、経済的価値をもつもの)の帰属を契約で調整するなど、知的財産の活用の場が次第に広範になってきているように思います。こういう場面においては、技術担当の知財部員が契約の知識を持ち、ビジネスモデルを考慮した戦略を立案することが重要です。更には、知的財産部と法務部の連携が重要になってきます。
「共想共創」とオープンイノベーション
CMJのグループ会社であるキヤノンITソリューションズはお客様のビジネス環境や課題を理解し、お客様と共に考え共にビジネスを創り出していく「共想共創カンパニー」を目指しています。
CMJの場合、お客様の課題を解決するソリューションは、自社開発だけでなく、お客様と共創することもあれば、他社と共同開発することもあります。メーカーでない販売会社である故の強みとして、このような柔軟性があり、オープンイノベーションに繋がるものと考えています。
今後の業界の展望、知的財産の将来
コロナ禍で急速に非対面環境のニーズが高まり、それとともにCMJグループの事業もITソリューションの割合が増えています。
今後キヤノンITソリューションズが属するSIerの業界はますます発展するものと考えております。また、AIやブロックチェーンといった技術を使ったソリューションも増加すると思います。
その発展の中で、注力すべき知的財産の中身は変化していくと思いますが、事業・経営を法的側面から支えるという意味・役割は不変のように思います。CMJの知的財産部は、世の中の変化や技術の流れ、事業・経営の状況に対して敏感であり、その変化に適応した活動と知的財産の普遍の価値を守る活動とのバランスを大切にしていければ、と考えております。
知財業界を志す人達へ一言
知財はどんどん新しいものが出てくるので「知的好奇心」を持つ方々にはその期待を裏切らない業界ではないか、と思います。「技術」に興味を持つ人、「事業」に興味を持つ人、「経営」に興味を持つ人。是非当社の知的財産部をご検討下さい。