1991年 東京大学法学部卒業
1993年 弁護士登録(第二東京弁護士会・45期) 東京永和法律事務所入所
1998年 米国コロンビア大学法学修士課程修了(Harlan Fiske Stone Scholar 賞、セゾン文化財団スカラシップ)
1998-1999年 シンガポール国立大学(NUS) リサーチスカラー(アジア諸国の放送政策に関する助成研究)
1999年- 内藤・清水法律事務所(現青山総合法律事務所)パートナー
2003年 骨董通り法律事務所を設立 (現在、同代表パートナー)
2009年-現在 日本大学芸術学部 客員教授を兼務
2011年-現在 国立国会図書館 オンライン資料の補償に関する小委員会 委員長
2015年-現在 同 納本制度審議会 会長代理
2017年-現在 神戸大学大学院客員教授を兼務
2020年-現在 情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教授を兼務
知財・法律との出会い
私はもともと大学で芝居にはまっており、司法試験合格後も続けていました。
むしろ芝居への気持ちが強く、一生続けていきたいと思っていましたが、徐々に迷いはじめました。研修所での経験を通じて、弁護士という仕事の重みが自分の中でどんどん増したからです。一方で、役者の仕事は時間を凄く使うものです。
まあ甘い話ですが、そこではじめて、これでは二流の役者と二流の弁護士が生まれるだけだ、どうしようと感じたのですね。
そんななか、司法試験の受験仲間から、「お前はエンタテインメント・ロイヤーになればいい」とアドバイスをうけました。
私はその言葉を知りませんでしたが、調べてみるとABA(アメリカ弁護士協会)フォーラムの登録者だけで3000人くらいのエンタテインメント・ロイヤーがいました。一方、日本にはエンタテインメント分野を専門とする弁護士はまだほとんどいない状況でした。 そこで、自分の好きな作品づくりと法律のいずれにもかかわることのできるエンタテインメント・ロイヤーを志しました。弁護士登録と共に役者の真似事はやめましたが、そこから4年ほど、留学までは、舞台の方にもプロデューサーとしては関わっていました。
エンタテインメント・ロイヤーの業務
エンタテインメント分野には、伝統的な主要分野として、音楽、映画・映像、出版、ライブ、アートがあります。そして、これらに隣接するような形で、ゲーム、スポーツ、広告などがあります。そして、(情報発信という観点から)IT・ネットワークがこれら全体にかぶさっているというイメージです。これらに関係する法的サービスを提供するのがエンタテインメント・ロイヤーです。
ただ、エンタテインメント法という名称の法律があるわけではなく、著作権をはじめとするこれらに関係する法分野すべてが業務の対象となります。「エンタテインメント分野のクライアントのためだったらどんな分野のアドバイスも提供できる」のがエンタテインメント・ロイヤーの理想です。
業務内容としては、1番多いのは契約の交渉、作成チェックです。
例えば、日本の漫画を原作にしてハリウッドが実写で映画化したいという声があれば、それについての契約が発生します。
これまでは、「ハリウッドで映画化がきまった」ということで関係者は舞い上がり、契約書を読まずにサインをしてしまって、後でよく読むと別に映画化の保証はない上に20年くらい権利が返ってこないような、「ほとんど権利の譲渡に近い形での契約内容になってしまった」ケースもありました。
ただ、最近はいろいろと考え方が変わってきていて、日本も欧米勢の言いなりにはならない、それは危ないという交渉姿勢の方が増えていますね。
かつては「ハリウッドの人がいうからには、これが売れるんだろう」という考えもありましたが、最近では日本企業がハリウッドに対して「それではウケない」などとアドバイスをすることも多いのです。例えば、「原作の世界観を勝手に変えると熱心なファンの間で炎上して興行も失敗するので、原作は十分尊重したほうがいい」というのも交渉材料のひとつとして使うことができます。
エンタテインメント・ロイヤーは、こういった交渉ごとをはじめ、ときにはアーティストなど個人側につきながら、ときには企業側につきながら法的なアドバイスをしていきます。
2番目に多い業務は、知的財産権をはじめとするコンサルティングになります。
例えば、「この作品は著作権侵害ではないか」、「こういう作品を作ろうとしているがこれは許されるのか」、「ゲームやライブ配信でこういう課金方式を考えているが資金決済法上大丈夫か」、「チケットの買い占めをされていて高額で売却されている。なんとかならないか」といった幅広い分野の相談があります。ときには(法律を変えたい、作りたいという)ロビイング活動も含めて業界全体を代理することもします。
3つ目はトラブル対応です。裁判までいくこともありますが、特にエンタメ界ではトラブルのほとんどが、裁判に至らない段階で解決されて(あるいは解決できないまま流れて)いきます。
記憶に残っている出来事
やはり失敗したことを覚えています。20年くらい前ですが、「もう少し腕が良ければこういう交渉にはならなかった」というような作品でのトラブルがあり、夜も眠れず、もうこの仕事をやめようかなと思ったこともありました。ただ、その会社とは今でも顧問としてお付き合いがあり、社運をかけるような仕事も任せてくれています。クライアントという存在は我々にお金だけでなく知識も、そして何より大事な経験もくださる、本当にありがたい存在だと思っています。
弁護士は、仕事を進める上で、絶対に世の中的なバランスを忘れてはいけないと思いますが、それと同じくらい、クライアントの役に立てることは大切だと思います。それができない弁護士は、お金をもらう資格がありません。
公正・公平といった社会的な最低のバランスを保ちつつも、やはりクライアントが事務所のドアから入ってきたときよりも、相談が終わり、ドアから出ていくときのほうが少しでも彼らにとっていい状況になっていないといけないと思います。
そういう意識で、いただいたお金をちょっとでも上回るものをお返しできる仕事を、目指しています。
エンタテインメント業界に対するコロナの影響
今年はコロナの影響で、ライブイベント、劇場・演劇がほとんど閉ざされてしまい、本当に苦しくて胸がふさがれるような思いをする年でした。
演劇界の主要団体が集まって緊急事態舞台芸術ネットワークというものを作り、どのジャンルと比べても絶対負けないというくらいの感染対策をとり必死に活動をしました。
今までは顔もあわせたことの無いようないろいろなジャンルの人たちが協力して事務局を運営し、稽古場で感染者がでて公演中止するときは我がことのように悔しがりました。
神経症じゃないかというくらい感染対策をして、ほとんどの劇場では観客には1人も感染者が出ていないのに、一部の不心得者のために世間では「演劇クラスター」といわれ、悔しい思いもしました。そんななか、再開にこぎつけたときは非常に感動しました。
企業で著作権意識・管理について感じたこと
企業は、コンプライアンス至上主義・リスクゼロ症候群のような、ある種の信仰に陥ってしまってはいけないと思います。
コンプライアンスは目的それ自体ではなく、企業がいきいきと活動をし、人々や社会により良い付加価値を提供することを支えるための下部構造ということを忘れてはいけません。
これはリスクも同じで、リスクゼロということはあり得ません。例えば著作権は、人間の知的活動を対象にする以上は絶対に曖昧な部分があります。
そうすると100%安全な判断ということはありません。
そこで弁護士の仕事としては、そのなかでリスクをできるだけ減らしていくことになります。ただ、リスクとコンテンツの魅力はトレードオフの関係にあることが多いのです。
リスクを減らそうとするあまりプロジェクトの魅力までが無くならないよう、コストメリットバランスを検討する必要があります。
具体的には、事実を踏まえて、クライアントと一緒にリスクの大きさをはかり、それを事業のメリットと比較して、これはやるべきかやるべきではないか等、クライアントと一緒に考えていくことが大事です。
もちろん、ただ単に「これは危ないです」というだけのアドバイスにはほとんど意味はなくて、「これの代わりにこれがあります」、「こんなこともできます」というアドバイスができなくてはいけません。クライアントの依頼に応えるためには、さまざまな提案をするための“自分の引き出し”をたくさん持っていることが必要です。
これは失敗を含む数々の経験がないとできないことだと思います。
企業が知財を活用するための「オープン/クローズ戦略」
知財ビジネスにおいては、コンテンツを外部に公開し、利用促進を図る「オープン」と、権利をしっかり囲い込んで露出をコントロールする「クローズ」をバランスよく活用する、“オープン/クローズ戦略”という言葉があります。
知的財産権は情報の独占権なので、究極的には、外には何ひとつ利用許諾をせず、中にとじ切ってしまうということもできます。しかし、一切外に出さず、すべてクローズにすることは、コンテンツにとっては最悪です。
なので、ただ単にクローズするだけでなく「オープン」にしていく必要があります。これらをバランスよく活用することがポイントです。
例えば、映画館にはタダで入れないが予告編はタダでみせるというのも、昔からあるオープン/クローズ戦略のひとつです。
ほかの例だと、ライブイベントであれば、これまではコンサートや演劇の舞台映像をタダでみせたらお客さんが来なくなると思っていたため、映像をYouTubeなどのネットに出すということに関係者はすごく否定的で、企業はそういったことをあまりやりたがりませんでした。
しかし、実際にネットでコンテンツを公開するとお客さんが減るどころか、逆に、もっとコンテンツの人気が出て、映画館や劇場にお客さんが来るようになりました。
なぜなら、ある程度コンテンツをみせてあげないと、この情報過多の現代ではコンテンツが埋もれてしまうためです。
最近では、予告映像どころかライブ本編をお客さんに無料で公開し、例えば「投げ銭」といわれる任意のギフトで稼ぐというモデルも、人気になってきました。
このような傾向から、エンタテインメント業界は、これまで以上にオープンとクローズのバランスをとることがポイントになってきたということができます。
コンテンツをオープンにしたことの結果として、例えば、無料会員と有料会員の比率が無料:有料が99:1ということもあります。しかし、この99があるからこそ1が生まれているというのが現状です。この99の中で、よりコンテンツを好きになった人がお金を出すという仕組みです。
日本はAI開発にとってはパラダイス!?
実は、日本の著作権法は、2018年段階でAIのための機械学習に対する対応は終わっています。
日本の著作権法には、著作権法 第30条の4、第47条の5という条文があり、AIの機械学習のための情報解析はいまや権利処理なしに行うことができます。このことから、日本はAI開発にとってはパラダイスだと評した研究者もいるほどです。
ただ、その現状を踏まえても、法律が完全にAIに対応できているかというとそうではなくて、あくまで学習の部分にとどまります。
その先には、AIが生み出すコンテンツを知的財産権で保護するのかという議論がありますが、そこについてはまだ世界的にも結論は出ていません。
例えば、今後、AIとアンドロイド技術を組み合わせて、亡くなった人をよみがえらせるというビジネスもでてくるかもしれませんが、こういったものについてはどういうルールがありうべきか。倫理と法との狭間においてどういう行為規範を世界に向かって提案していくのかという部分では正解はまだ出ていません。
法律は常に周回遅れを続ける
言えるのは、法律は常に現実に対して周回遅れを続けるであろうということです。
機械学習と著作権法についても、先に機械学習というものが生まれて、かなり時間が経ってから機械学習に関する著作権法上の規定が生まれました。他の分野においても同じです。
ただ、それは法律の宿命であり、概ねそれでいいのだと思います。
法律は万人への強制力を伴うものなので、これから社会がどう動き、人々がどのように反応をするかわからない段階で、そのような強制力を伴うルールを政府が決めすぎるというのは気を付けるべきです。法律は、あまり時代に先回りすべきではないのです。
ただ、遅れすぎは問題です。現代における、AIをはじめとする情報社会の進展はあまりに早いので、法律が成立するころには“ゲームの勝者と敗者が決まっている”ということにもなるからです。
そんななかで、我々ができることはメニューミックスです。
法律の制定は周回遅れでやってくる。とすると、法律の制定を待つのではなく、時代と並走しながら契約・規約、ガイドラインで対応していかなくてはなりません。場合によってはもっと緩やかな、ある種のカルチャーの発信がツールになることもあります。
そういった、さまざまな人間の行動を動かしていくようなツールを組み合わせて時代と並走することが大事だと考えています。
例えば、私も参加した内閣府知財本部の議論でもあがっていましたが「AIコンテンツを知的財産権で守るか」という課題については、私はすぐに知的財産権で守るということについてはネガティブです。
なぜなら、時間がかかったうえで実態にほんの少ししかマッチしていない法律を通すのがおそらく精いっぱいで、なおかつ国内法なので世界で通用しません。
そんなことよりも、今すぐ自分の会社のAI開発についての規約・契約を見直すほうが早いといえます。
コンテンツをオープンにしたいのであれば、オープンにしたうえで、規約・契約にそのコンテンツを安全に管理・コントロールできるように書いているかが重要です。それで一緒にビジネスをやる人は縛れます。
足が速く、国を超えた効力があるのは規約・契約です。現に巨大プラットフォームはこれでやっています。
それ以外だと、強制力を持たないガイドラインなども、ある意味活用しやすいツールです。
時に、法律を駆使して裁判を行うよりもはるかに効き目がある。いろんなことをミックスして、組み合わせることが大事ではないかと思います。
日本企業がAIビジネスで躍進するためには
コストメリットバランス、オープン/クローズ、メニューミックスなど、これまで申し上げてきたこと全てが当てはまるかと思います。
ほかにあげるのであれば「発信」です。
例えば、AIコンテンツの知的財産権という課題は、2000年代以降では日本が初めに目をつけたと思います。
しかし、当時、私を含めた専門家の報告書や発言は、少なくともわかりやすい形で英訳されて世界に発信されなかった。そして、最近になってEUあたりが議論し始めると、そっちの方が目立つのですね。
AIが大量にコンテンツを創り出せば、成果物についての知的財産が問題になるのは明らかです。2015年に議論を始めた日本は議論をリードする千載一遇のチャンスをつかんだわけですが、そのことについての発信をあまりやりませんでした。英語という壁はあるものの、今後日本はこういった現状を何とかしないといけません。
現状、日本は幸い国内市場がまだまだ豊かで、コンテンツそれ自体は間違いなく強いので、これに加えて発信力が備わるともっといい方向に行くのではないかと思います。
お知らせ
- 骨董通り法律事務所URL:https://www.kottolaw.com/
- 福井先生のTwitterアカウント:@fukuikensaku
『著作権とは何か~文化と創造のゆくえ』集英社新書(2005年)・改訂版(2020年)
『エンタテインメントと著作権』1-5巻社団法人著作権情報センター〔シリーズ編著〕
『デジタルアーカイブ・ベーシックス1 権利処理と法の実務』勉誠出版〔監修〕
『アンドロイド基本原則――誰が漱石を甦らせる権利をもつのか?』日刊工業新聞社〔共著〕
『ロボット・AIと法』有斐閣〔共著〕
『AIがつなげる社会-AIネットワーク時代の法・政策』弘文堂〔共著〕
『著作権法コンメンタール 第2版』勁草書房〔共著〕
『18歳の著作権入門』ちくまプリマー新書 ・『誰が「知」を独占するのか -デジタルアーカイブ戦争』集英社新書
『「ネットの自由」vs.著作権: TPPは、終わりの始まりなのか』光文社新書
『なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門』阪急コミュニケーションズ〔共著〕
『ビジネスパーソンのための契約の教科書』文春新書
『著作権の世紀~変わる「情報の独占制度」』集英社新書
『エンタテインメントの罠 アメリカ映画・音楽・演劇ビジネスと契約マニュアル』すばる舎〔編著〕
『舞台芸術と法律ハンドブック』芸団協出版部〔編著〕
「映画ビッグバンの法的諸問題」NBL誌連載
『エンタテインメント法への招待』ミネルヴァ書房〔共著〕
『著作権判例百選 第4版』(別冊ジュリストNo.198)有斐閣(2009年)
『著作権判例百選 第5版』(別冊ジュリストNo.231)有斐閣(2016年)
『著作権判例百選 第6版』(別冊ジュリストNo.242)有斐閣(2019年)
『現代用語の基礎知識(知的財産権項目)』自由国民社(2013-2019年版) ほか
連載 : 日経デザイン「福井弁護士の著作権教室」(2016年)
アニメビジエンス「福井健策の著作権と法務とアニメ」(2013年夏号~)
CNET Japan「18歳からの著作権入門」(2014年、全20回)
Internet Watch「福井弁護士の著作権ここがポイント」(不定期) ほか
■その他 経歴
ニューヨーク州弁護士
東京藝術大学非常勤講師(2004年-)
東京大学大学院(人文社会系研究科)非常勤講師(2007-2010年、2014年)
第二東京弁護士会 公害・環境委員会委員長(2004年度)
同都市交通部会長(2010-2014年)
thinkC世話人(2006年-)
経済産業省「映像コンテンツ制作の委託取引に関する調査研究」ほか委員(2006年)
文化庁「次世代ネットワーク社会における著作権制度のあり方に関する調査研究」委員(2006年)
国立国会図書館 納本制度審議会 委員(2009年-)
同納本制度審議会代償金部会 部会長代理(2011-2015年)
文化庁「著作物等のネットワーク流通促進のための意思表示システムの在り方に関する調査研究」主査(2011年)
文化庁「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する実証実験(文化庁eBooks)」ワーキンググループ主査(2012年)
総務省「コンテンツ海外展開のための国際共同製作に係る事業企画の選定」選考委員(2013年) 文化資源戦略会議 企画委員(2013年-)
日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム理事(2013年-)
本の未来基金運営委員(2013年-)
さいとう・たかを劇画文化財団理事(2014年-)
内閣「知的財産戦略本部」検証・評価・企画委員会 委員(2015-2019年)
経済産業省「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 」委員(2016年)
総務省「ICTインテリジェント化影響評価検討会議 」委員(2016年)
総務省「AIネットワーク社会推進会議」委員(2016年-)
総務省「情報通信法学研究会」構成員(2017年-)
日本動画協会「アニメNEXT100」統括会議アドバイザー(2016年-)
デジタルアーカイブ学会理事兼法制部会長(2017年-)
エンタテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク理事(2017年-)
一般社団法人アーティストコモンズ 顧問(2019年-)
文化庁「侵害コンテンツのダウンロード違法化の制度設計等に関する検討会」委員(2019年-2020年)
文化庁 文化審議会著作権分科会 専門委員(2020年-)
文化庁 「アーカイブ中核拠点形成モデル事業」検討委員(2020年-)
緊急事態舞台芸術ネットワーク世話人(2020年-)