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知財の「意識改革元年」、専門家はどう見るか。日本橋知的財産総合事務所の加島 広基氏インタビュー

コーポレートガバナンスコードに知的財産が入ってくるなど、日本における知財に対する意識が大きく変わる「意識改革元年」となった2021年。

今回は日本橋知的財産総合事務所の加島 広基先生にお話を伺いました。

<主な経歴>
1999年に東京大学工学部都市工学科卒業後、株式会社クボタに入社。
在職中は下水処理場のプラント設計に携わるとともに、次世代型の遠心脱水機(汚泥を水と固形物に分離する装置)の開発に従事する。 現場にて機械製品の品質向上のため分解や組み立てを幾度となく繰り返すことにより、機械の基礎を学ぶ。
2002-2003年に大井特許事務所に勤務、2004年に弁理士登録し、2004-2012年に協和特許法律事務所に勤務。
2008年に米国Birch, Stewart, Kolasch & Birch事務所での研修プログラム(BSKB Summer Training Program)を修了。
2012年-2021年にマクスウェル国際特許事務所を共同経営。
2020年より特許業務法人IPXの押谷先生と知財実務オンラインを毎週木曜日にライブ配信。
2021年に日本橋知的財産総合事務所を開設。
資格:英検準1級、TOEIC955点
所属:日本弁理士会、日本ライセンス協会(LES)、知財ガバナンス研究会

大企業のノウハウを中小企業に届ける

― 知財との出会いはどういったものでしたか?

大学時代は理系工学部で水質に関する研究を行っておりましたが、実はその時は「弁理士」という資格のことは何も知りませんでした。そのあと新卒で株式会社クボタに入社し、研究開発を進める中で設計者、開発者として発明提案を行ったときに初めて弁理士の先生と打ち合わせをさせていただきました。

その時に打ち合わせを行った先生の真摯に仕事に取り組む姿に憧れたというのと、理系のメーカー勤務の開発職だと先が見えてしまうというところがあって、どこの会社でも通用するような、いわゆる“手に職を”的な感覚で弁理士になりたいと思いました。

そこで、新卒で企業に入社してから3年で特許事務所に転職し、弁理士資格を取得しました。その後は大手事務所に約8年半勤務し、当時の同僚と2人で独立して共同経営スタイルの事務所を経た後、今年4月に日本橋知的財産総合事務所を設立しました。

― 今の知財とのかかわり方は?

はじめの大手事務所にいたときは大手企業の案件を手がけることがほとんどでした。大手企業はやはり発明提案書も企業知財部でしっかりしたものが既にできているような状態でした。

独立してからは徐々に中小企業やベンチャー企業とのかかわりが増えてきました。発明提案書がない状態であったり、物をみせられて「こういうので特許をとれないか」という相談であったり、「こういうのを思いついたけど知財で保護できないか」とか多種多様な依頼が来ることが増えました。

― 現在のクライアントはどういった方々ですか?

昔の大手事務所時代から継続して取引させていただいているお客様ももちろんいらっしゃいますが、最近はスタートアップやベンチャー、中小企業からの依頼が増えています。

― なぜそういった方が増えてきたのでしょうか?

弊所では、大企業で社内体制がしっかりしている企業さんの案件を担当してきた経験を活かして、大企業の厳しい評価基準をクリアするようなパフォーマンスで、中小・スタートアップにサービスを提供できるところが強みになりますので、そこがクライアントのニーズに合致しているからではないでしょうか。

他には、地方の中小企業で外国に出願をしたいという方がいらっしゃいますが、地方の個人特許事務所だとそこに対応しているところが少ないという実情があります。弊所は国際出願にも対応しておりますし、外国出願に不慣れな方にも国際出願の制度や戦略をかみ砕いて説明をしたりということもいたします。最近の傾向・肌感としては、はじめから外国出願を考えているスタートアップ企業やベンチャー企業が増えてきている印象を受けます。中小企業でも、国内のマーケットが縮小しているため、最初から海外へ目が向いているということがあると思います。

― これまでで一番記憶に残った仕事は?

普段から行っている業務は全て重要で甲乙つけがたいところがありますが、あえて印象的だった仕事を挙げるとしたら、知財をどう活用していくかという「事業展開を考えてほしい」という依頼がありまして、知財を活用したプロモーション戦略にも携わったことがありました。その会社はこれまで知財の活用にそれほど力を入れていなかったようなのですが、自社の特許をどう活用しているか、知財に対してどのようなポリシーを持っているかなどを発信するプロモーションサイトの作成のサポートを行いました。そういった仕事は記憶に残りましたね。

最近ではコーポレートガバナンスコードに「知的財産」というワードが入る等の大きな動きがありますので、知財を投資家向けにどうアピールしていくかという視点も持つ必要があります。

知財の「意識改革」を実感

―投資家向けに知財をアピールするとはどういったことでしょうか?

一般的な傾向としては、他社から権利侵害の警告状が送られたり実際に権利行使をされたりして痛い目にあってはじめて企業は目が覚めるというものがあります。まだ痛い目にあっていない企業でも、転ばぬ先の杖とでもいいますか、これから知財に関するトラブルに巻き込まれないように準備をしておく必要があります。

経営層・トップが意識してトップダウンで知財に力を入れることが理想ですが、トップの意識が変わるきっかけとしては、投資家の方の意識変革があります。投資家の方が経営層の知財への目線を重要視するようになると、そこから会社が変わっていく大きなきっかけになります。

投資家の方々に知財を重要視してもらうためには「知財の重要性・自社の注力具合」を定量的な数字、資料など説得力がある資料に落とし込むことが必要なのではないかと感じます。

コーポレートガバナンスコードに「知的財産」が入ってきたこともあり、今年が意識改革元年なのかなと思います。

― その「意識改革元年」に加島先生は何か取り組みをされていますか?

私自身も知財ガバナンス研究会に参加させていただき、知財ガバナンスコードについて勉強しておりますが、いかに企業の自己満足で終わらせないか、どうやって浸透させていくかが大事と思っています。まずは知的財産を「無形資産」として広く捉えていくような発信が重要だと思います。

あとは、知的ガバナンス研究会の幹事を務める菊池修さん(HRガバナンス・リーダーズ株式会社)が精力的に動かれたり、私自身でいうならば「知財実務オンライン」というYoutubeチャンネルで知財ガバナンスセミナーを開いたりしています。これからはYouTube番組に投資家の方にも出ていただいたりと範囲を広げた活動を予定しています。現状の知財活用・知的資産経営のいいところ、悪いところをざっくばらんにいっていただくような機会を設けることも考えています。

― 取り組みを通してどう感じましたか?

正直、知財業界自体はパイが小さいというのがありまして、YouTube番組のチャンネル登録数なども知財業界に絞っていると頭打ちします。そこで知財業界の中にこもっていても仕方がないので、いかにその枠を破って外にでていくかという意識が、知的財産の大切さを社会に浸透させるうえでも大事だと思います。

知的財産は複雑そうだし、ちょっとわからなければ専門家に任せておけばいいやという意識の企業は多いですし、権利侵害の警告状が送られてきてはじめて右往左往する企業もあります。

たとえば、会社を創業して、税務に関することは税理士さんであったり、労務に関することは社労士さんであったりと、法的な手続きに直接関係する専門家とは会社創業初期の段階からお付き合いすることはありますが、「知財」はあまり最初から意識されていないという企業は多いです。

しかし、やはり知財は会社にとって将来を左右するような重要な要素ですので、会社創業段階から知財に関する「弁理士」に相談するという感覚が根付いてくれたらいいのではないかと思っています。

― なぜ弁理士はそこに入らないのでしょうか?

やはり法的に要求されている手続きなどとは異なり、知財は会社にとってマストではないという感覚を持たれていることもあります。「気になるけど、目の前にほかに忙しいことがある」ということで後回しになったり、そもそも気にしていなかったりということもありますが。

ただ、ここ2~3年、特許庁がかなり積極的に知財の重要性を周知するような取り組みをされていて企業の意識も変わってきているのではないかと思います。

たとえば、IP BASEの活動においてベンチャー、スタートアップ向けのコンテンツを作成したり、とっつきやすいコンテンツを複数用意したりと、あとはIPASによる経営のアドバイスと絡めた知的財産のメンタリングといった取り組みもされていて知財への注目度はここ数年で大きく向上したのではないでしょうか。

多くの課題を抱える地方を支援

― 知財支援ユニット「INCULABO」についてお聞かせください。

大分県で中小企業の支援をさせていただく団体を立ち上げ、知財への取り組みをサポートし、地方の地元の方々の知財の悩みに応えられるよう活動をしています。地元の知財コンサルの方を中心に集まっていて、活動としては知財に関心がある方へのサポートはもちろんのこと、知的財産セミナーを開いたり、知財に関心がなかった方にも知財の基礎から教えるといったことを行っています。

コロナ前には3か月に1回程度の頻度で大分で活動していましたが、今はオンラインでの活動が主となっております。

― 大分で活動している理由はなにかあるんですか?

もともと大分に地縁はなかったのですが、5年前くらいに知財に力を入れている企業をたまたま紹介していただいたことがきっかけで大分県庁の方やコンサルの方と知り合い、縁あって大分県の会社さんの支援をさせていただくことになりました。

販路拡大や、研究開発テーマの選定、ワールドワイドな展開を狙う企業の海外進出の相談まで、幅広くサポートさせていただいております。

― 中小企業の方はどういったところで悩みを抱えていますか?

ひとつは、大企業の部品会社や下請け的な企業が多いのですが、そのような企業は大企業との契約で悩むケースがあります。契約書をレビューする専門家がいなかったりするケースも多く、元請けである大企業との契約内容が抱えるリスクを把握できずに契約をしてしまい、気が付いたら知らず知らずのうちに大企業に有利になっていたり、よくないケースですが、大企業が知的財産を掠め取ってしまうような、中小企業の知財が大企業に吸い取られてしまうようなこともあったりします。経産省もガイドラインを作ったりしていますが、そもそも地方の中小企業がそれを知らなかったりということもあります。

― 大分県での知財における取組はどのようなものがありますか?

一例として、大分県から委託を受けた方による新規事業創出事業における知財面のサポートを行っています。地方は医療・介護の分野を発展・改善させるようなツールの開発などを県主導で行いたいというところがあるようです。そこに知財面のアドバイザーとして入らせていただき、新しいサービスについて他社特許を侵害しないか調査したり、業界の他のプレイヤーの分析・アドバイスなどもしています。

― 課題をどう解決するかというアドバイスをされているということですか?

実は、地方のほうが課題先行しているというということもあります。都会では豊富な人的・資金的なリソースで何とかなっている課題が、地方ではリソースがないことによって顕在化しています。

単純な課題だけでなく、地方は慢性的に人手不足であったりするので、少ないリソースでどのようなツールを使って解決していくのかというところにも頭を使わなくてはなりません。なので、サポートする際はそういった地方の実情に照らしたアドバイスをするよう心がけています。

もちろん権利化の段階においても、1社だけで実施まで完結するのは難しいというのもありますので、他社にライセンスすることを想定して権利を取っていくということもあります。

― 明細書の書き方にもライセンスを想定するものというのがあるんですか?

はい。ライセンスを想定する場合は、権利を取得するところ、つまり明細書を書く段階から知財の活用を見据えて、「他社にとって魅力的な明細書」を作成するよう意識していく必要があります。

もちろん、知財の活用と一口に言っても、さまざまな規定があったり、契約があったり、しっかりと権利の内容の把握をしていないとトラブルになる可能性もあったりということもありますので、権利化した後にも気を付けることがたくさんあります。

企業の中にそういったことが把握できる方がいらっしゃればいいのですが、そうでない場合は、企業が知財を活用していくために外部の専門家を頼ってほしいと感じています。専門の部署がない企業の方はぜひ用心棒のようないつも気軽にコンタクトをとれるような専門家を置いておいてください。弊所もそういうつもりで企業のサポートをさせていただいております。

― 現在、加島先生が注目されている技術分野はございますか?

事務所を開業して相談を受けることが多いのはビジネスモデル、コンピュータ、あとはDX(デジタルトランスフォーメーション)を意識したような特許分野に関するものです。このあたりは日本が後発になりつつあるのではないかと思いますが、今注目の分野だと思います。また、医療・介護関係といった高齢化社会に伴うこれからの日本の課題に対する解決アイデアを知財でどう保護するかという相談も受けることが多いので、これらの分野についても知見を深めていきたいですね。

Withコロナ、知財実務はどう変わった?

― コロナになって知財業務は変わりましたか?

顔を突き合わせての打ち合わせは難しくなりましたが、思ったよりオンラインでの面談もスムーズに行うことができ、意外と効率化できるのではないかと感じています。

これまで発明打ち合わせのときは特許事務所や企業の会議室でフェイスtoフェイスで行うため移動に時間がかかりましたが、その必要もなくなりましたし、知財業界はオンラインとの親和性は高いのではないかと思います。極端な話、セキュリティ面さえしっかりしていればPCひとつあれば仕事ができますから。

あとはビジネスパーソンの間でのセキュリティに対するリテラシーも向上し、一昔前のようにメールだと情報漏洩の危険があるのでFAXしか受け付けないということもなくなってきました(笑)。メールやクラウドを使ってもそんなに大きな問題はないという認識が出てきたのはいいことですね。

― 知財業界を志す方に一言お願いします。

特許出願件数が年々減少しているように知財業界は先行きが明るくないという印象をもたれる方もいるかもしれませんが、今は昔と違って仕事の種類もバラエティに富んでいます。それこそ著作権や知財戦略・立案に携わるなど、本当に多種多様ですので、自分のマッチするところで活躍するのもあるし、弁理士は定年もないのでいつまでもニーズがあれば活躍できると思います。

特に若い方、20代30代にとっては同世代の数が少ないこともあり、自分を高く売るチャンスではないかなと思います。

魅力的な業界なのでぜひ若い人に来てほしいです。

お知らせ:

YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC9wUmfwG0y4sYYGh5GApneA

Twitter:https://twitter.com/kashima510

HP:https://www.nihonbashi-ip.jp/

書籍:

「令和元年改正意匠法の解説および新たに保護される意匠の実践的活用テクニックの紹介」(現代産業選書―知的財産実務シリーズ)

https://www.amazon.co.jp/dp/4806530565

セミナー:

【終了しました】 2021/10/29(前編)、11/5(後編)

「裁判例から紐解くコンピュータソフトウエア関連発明の特許明細書作成およびチェックのポイント」(経済産業調査会)

https://www.chosakai.or.jp/seminar/2021seminar/20211029.htm

【終了しました】2021/11/19

「外国特許出願(米・欧・中・韓)の中間処理対応の全体像と各国比較」(知財実務情報Lab.)

http://www.t-pat-eng.com/20211119/