コーポレートガバナンスコードに知的財産の項目が入り、各企業が知財に対する意識が大きく変わってきている近年。
今回は、特許情報を活用し、事業部支援を行う 株式会社リコー 知的財産戦略室 知的財産戦略グループ エキスパート 池 昂一 氏にお話を伺いました。
特許調査で受けた衝撃
もともと特許調査会社にいまして、特許調査をやっていました。いわゆる「サーチャー」という職種です。
もともと大学時代に論文やさまざまなデータを調べることが好きで、「調査をしたい」という思いで調査会社に入社をしました。
入社当時は特許の知識がそんなになかったことと、特許の書き方自体が独特であることもあって、文献を読むのに苦労しました。
ただ改めて当時を振り返ると、特許は権利書としての役割を持つというのに加えて、技術の動向を知ることができるという点で衝撃をうけたのを覚えています。
専門的な用語が多く使われている点や言い回しが独特である点などから、特許はとっつきにくいと感じる方もいると思いますが、図面や実施例、技術背景、課題や解決手段から読んでいくことで具体的なイメージが湧きやすいのでそこから読んでいくのがおすすめです。
当時の業務は、調査結果に基づいてパテントマップを作成し、分析レポートを提出するというものだったのですが、自分が出したアウトプットが事業会社でどのように使われているのかが気になっていました。
そのような思いから事業側に行きたいと思い、あるメーカーの子会社に転職しました。
そこの知財部門で、親会社の依頼を受けて調査、発明発掘、権利化などもしつつ知財分析を中心に業務をしていました。
分析もやらせてもらっていて充実していたのですが、そこでも物足りず、事業会社に入りたいという思いもあり、2019年にリコーに入社して、現在は知財部門において情報解析専任でやらせてもらっています。
調査会社の時は主に公報を読み込むのが仕事でしたが、いまは調査対象となる分野の特許文献に記載されている課題を集めてきて、課題に書かれているキーワードから課題のトレンドを読み取ったり、特許分類を使って分析するようなマクロ分析的な業務が多いです。
リコーの取組み
知財部門の前に全社的な話をさせてください。
リコーというとプリンターやオフィス機器といったOAメーカーのイメージがあるかもしれませんが、リコーは2020年に「デジタルサービスの会社への変革」を宣言しました。
当社は1977年にOA(オフィスオートメーション)を提唱し、機械にできることは機械に任せ、人はもっと創造的なところをやりましょうという考え方でお客様に寄り添う商品・サービスを提供してきました。今後は、そこを拡張して、2036年というリコーが100周年を迎える節目にむけて「「“はたらく”に歓びを」」というビジョンを掲げています。
新型コロナウイルスの影響もありましたが、最近は働く現場はオフィスだけではなくて、働く人がいるすべての現場がサービスの対象になっています。
たとえば、不動産業界ひとつをとってみても、不動産現場でRICOH THETAという360度カメラを使って、バーチャル内見が行われるようになっています。
こういった、さまざまな産業がデジタル化されていっている時代だということを意識しなくてはいけません。
知財戦略という観点でいうと、たとえば、リコーが昔からやっているプリンターなどの画像事業に関する知財戦略は、競合企業が明確でそこだけを見ていればよく、競合企業に対してどれだけ優位性をとれるかが知財戦略で重視されていました。
しかし、デジタルサービスの会社に変わるということはステークホルダーが変わってくるということを意味します。
現場が変われば、デバイスも変わり、競合や競業も多様になる。どんどん新しい技術が出てきて産業がスピーディーにかわっていくなかで、サービスに応じたステークホルダーを把握し、それに応じた知財戦略を作っていく必要がでてきました。
そこで情報解析が重要となってきます。
自分たちがこれまでやってきた領域だけでなく、これまでとは全然違う領域についても把握し、攻めていく必要があるため、知財情報とマーケット情報などを組み合わせてバリューチェーンの把握をするための分析や、知財情報に固執せずさまざまなデータを活用した分析を行います。
事業部や研究所も全然知らない領域に攻めていくわけなので、必要な情報をしっかりと集めたうえでどのようなアウトプットが必要かを考えていく必要があります。
知財組織について ―リコーにおける情報解析―
このような背景がある中で、知財センターの知財戦略室の中に解析のグループがあります。
既存システムというのは出願や権利化、ライセンスなどの活用といった機能を持ったグループです。
私たちのチームはこのような既存システムを下支えする戦略・解析機能の一部となり、各グループと連携しながら業務を進めています。
知財戦略の立案や事業部経営層への提案について ―アウトプットの出し方―
従来の知財部は権利の保護や契約の段階から事業部と関わるというのが一般的だと思いますが、私たちは「事業の初期段階から入ることで、知財としてできることの幅を最大化することができるのではないか」という仮説のもと、企画段階や戦略立案の段階から関与するため、テーマ提案まで行って事業部と伴走する意識を大切にしています。
そこからテーマが生まれたとなると、出願・権利化のチームに繋ぐことで伴走支援ができるといいなと思っています。
まだ取り組み始めた段階ですが、事業化したあとや方向性が決まっている段階では提案はできないため、世の中のトレンドをキャッチアップして、戦略会議やブレストの段階から知財部門が関与することで、事業部門・研究開発部門との人間的な関係性ができるところも大きいと感じています。
社内ニーズに応える分析を
リコーにおける私の立ち位置は社内コンサルティング的なイメージです。
レポートを出すといっても、1カ月かけて大作をつくって・・・ということはせず、短いサイクルでレポートをだすことで、クイックに情報を修正して戦略会議やブレストに活用することを意識しています。
役割としては、いわゆる「両利きの経営」(深化と探索)でいうところの探索を担っています。
情報の出し方にも特徴があって、あまり「知財の情報です」という出し方はしません。
開発部門、事業部の欲しい情報をマーケット情報や、技術情報として出すことを心掛けています。その中に知財に関する情報も加味されているというイメージです。
たとえば、国からの投資を受けているかという情報はその分野や技術に対する期待値として読み取ることができるので、そこに時間軸を掛け合わせることで、この分野に何年かけてトータルでこれくらいの期待値をかけている・・・ということが分かります。
他には、技術情報を軸にとってグラフ化することで、ある分野におけるホワイトスペースを探したり、ベンチャー企業のデータベースから情報を取ってきて産業別に分け、ある技術に対してどんな応用領域が有望かというのをみたりしています。
期待値についてもう少し詳しく話すと、ベンチャー企業のデータを使って、横軸に「投資時期」、縦軸にアーリー、ミドル、レイターといった「事業ステージ」をとることで、投資が直近まであるものについては有望性が高いと評価でき、縦軸がレイターに行く割合が高いほど、事業の実現性が高いと評価できます。
このあたりについては特許情報を使っていません。こういった情報と特許情報から出してきた情報を掛け合わせて分析レポートを作っています。これまでの課題の変遷や主要プレイヤーをみたいときは特許情報をみる、といったように、それぞれの情報を使い分けながら分析をしています。
知財業界を志す方へ・・・
ここ最近、“IPランドスケープ”という言葉が浸透してきたところがありますが、特許情報にとらわれがちな部分もあると感じる場面もあります。
たしかに特許情報は取得できるデータがリッチで使いやすいですが、さまざまなデータを組み合わせることで無限の可能性があると感じています。
情報解析という観点で入ると非常に可能性のある世界だと思いますし、そう感じてくれたら嬉しいと思います。