width=

「2%の勝利」-アップル社、スティーブ・ジョブズに勝訴した発明家の描く未来とは- 発明家 齋藤 憲彦 氏インタビュー

携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」の操作ボタンに使われた技術の特許権を巡る訴訟で、知財高裁は、米アップルによる特許侵害を認め、発明家に約3億3000万円の賠償を支払うようアップル日本法人に命じる判決を言い渡した。

今回はまさにその発明をした齋藤 憲彦氏ご本人にお話を伺った。

発明との出会い

私が初めて発明というものを意識し始めた高校時代、ちょうど1970年代頃です。

当時は発明ブームでとにかく何らかの発明をしてお小遣い稼ぎをしようと考えていました。

繁華街にいくと、発明品を並べているショップがあったんです(笑)。すごい時代でしょ。

そういったところから刺激を受け、発明関係の本や特許関係の本をたくさん読みました。

大学では海洋学部で、海洋物理、海洋化学、海洋生物、海洋地学、気象学など色々学びました。広く浅く知って物事を創発するための知識を得たいと考えて、幅広く学べる専攻を選んだんです。

幼少期の経験

一説によれば、粘土や針金や紙など、何にでも変化しうる材料を与えて教育すると創造性が高まると言われているそうです。

例えば、フェラーリなどのデザインで知られる自動車デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロは子供の頃、おもちゃとして針金しか与えられなかったらしいんです。

彼はそれで様々なものを作成して遊んでいたことが現在のデザイナーとしての能力につながっているとも聞きます。

彼ほどではないですが、私もそんな感じの経験をしていました。

親戚が手帳の工場を経営していたんです。下町の景気のいい工場という感じでした。幼稚園くらいの頃から、その工場から出る大量に出る紙の端切れをもらって、紙ヒコーキなどおりがみとして使ったり、封筒を作ったり、さまざまなものを作っていました。

人類がiPodのスイッチに到達した瞬間

当時、20代の頃に起業して10年ほど経営していたソフトハウスのビジネスが傾いて従業員がいなくなってしまいました。ソフトウェア開発は人手を要するので、「さぁどうしよう」という状況に立たされた時に、「残されたものは自分の頭しかない」と思いました。

そこで、唯一残された頭を使ってどうにかするため、発明をしようと考えました。

その頃は携帯電話ブームで、ソニーのジョグダイヤルキーが一世を風靡していました。

数字ボタンで電話番号をひとつひとつプッシュして電話をかけていたものが、ジョグダイヤルキーを使えば「回して」「押す」だけの簡単操作で、その手間を省くことができたことがウケていたんです。

「私はソニーの携帯電話しか使わない」という人も溢れかえっていたような当時の状況を見て、「ようし!これに勝るとも劣らないものを発明してみよう!」と。

そうすると、すぐ思いついたんですよね。

何を思いついたかっていうと、プッシュキーと表面にタッチセンサーを張り付けた「接触操作型入力装置」です。そして、右利き左利きどちらでも操作ができるように虹のように曲線にして、デバイスの正面にそのスイッチを取り付けたんです。

そして、円弧の曲線じゃなくてリングでいいじゃんとなり、リングとその真ん中にボタンをつければいいじゃないかとなりました。

ある日、自宅の居間に置いてあった「ファミコンテレビ」(ファミコンとテレビが一体化しているもの)をぼうっと見ていたとき、そのコントローラーの十字キーが目に留まったんです。

そこで、リング状のタッチセンサーと十字キーを組み合わせて入力できるようにすればいいのではないかと閃いたのです。

発明の連鎖です。

人類がこのスイッチにたどり着いた瞬間でした。

その瞬間に体が熱くなったのを今でも覚えています。

ちなみに、他にもいろいろ考えてたんですよ(笑)。単純に表面タッチセンサーでワンプッシュのキーだけじゃなくて、スイッチをシーソー型にしてみたりとか。

どんどんいろんなものを発明して、それが全部入るような特許書類を全部自分で書いたんです(笑)

私はコンピューター屋ですから、クレーム(※特許を受けたい権利範囲に関する記載のこと)がプログラムのようになってたんですよ。A+B+Cみたいな感じで、タッチセンサーの線上の軌道に隣接するあるいはその真下のスイッチが全部このクレームで引っ掛かるようにしたんです。

なぜそんな書き方したかっていうと、当時はクレームに書いてないと権利を抑えられないと思っていたからです。なのでものすごいクレームの数になりました。

後に専門家に聞いてみたら明細にでも入っていれば侵害者が発生した時に特許書類全体を再構築して、きちんとおさえにいけるというのを知りました(笑)

発明協会に持っていったら、「これはご自分でお書きになったのですか」と非常に驚かれましたよ。それと同時に、弁理士の先生を紹介してもらいました。合わせて周辺特許6本も出願しました。

日本中の携帯電話メーカーに売り込むも・・・

そして、この特許をもって、日本中の携帯電話メーカーを営業して回ったんです。

結果は、全部門前払いでした。

「発明をタダでくれないと話を聞かない」と言ってきたところもありましたよ。

そことは別の会社ですが、当時営業して回ったある会社は、その数年後にこの入力装置を搭載したデバイス(iPod)によって、当時人気だった自社の音楽プレイヤー(某ウォークマン)を叩き潰されることになるわけです。

そうなる何年も前に私によってこの入力装置の案件が持ち込まれていたということですね。

皮肉でしょ?(笑)。

また別の企業は、特許が出願公開になったときに「松下です」と電話がかかってきました。松下電子部品さんだったんです。

そこで知財部と企画部の人が2人来られて、ぜひこれを取り扱わせてくれと。

これを営業すると。ところがどこも採用に至らなかったんです。では他社とやるよというと、「うーん、それもちょっと困る」みたいな感じでした。特許が公開されて最初の1、2年くらいの時のことでした。

松下さんから電話が来たときは「やったー!」となりましたよ、わざわざ天下の松下さんがお土産を持って話を聞きに来られたわけですから。でも実際の案件が動くまでには至らなかったです。

そうこうしているうちに、この特許をApple社のスティーブ・ジョブズが使っちゃったわけですよ。

嬉しかった特許侵害

ある日友達がね、「これ買ったんだ」とiPodを見せてきたんですよ。

彼は小物オタクで毎回新しいものを買ったら僕に見せびらかしてくるんです(笑)

いつものように新しいデバイスを自慢しに来たその友達の手に、まさに私が描いていたスイッチがついたデバイスが握られていました。びっくりしましたよ。

自分が描いていた想像上の入力装置が現実になって目の前に現れたわけですから。

驚いたんですが、実はうれしかったです。

こともあろうに、天下のApple社ですよ。

山梨県の甲府にある特許事務所に特許をもっていってApple社のiPodの入力装置の特許なんですよと私の特許を見てもらいました。

そしたらすぐに「あれ、確かにこれはね。iPodの入力装置の特許だ、ちゃんとクレームになってる」と。「齋藤さん、すごいのを持ってるじゃない」という話になったんです。

そこで、本格的にまず審査請求をして、早期審査もかけて、すぐに権利化をしました。

権利化までに1年くらいかかりましたが、いざ訴訟ですよ。

世界のAppleと特許侵害訴訟

甲府の相談員さんが、企業の特許法務専門でやっている、訴訟経験のある人を紹介してくれたんです。それで、これは迎撃できるぞとなって、訴訟に備えて準備しているところに日比谷パーク法律事務所の上山先生が参加してくださいました。

その時特許庁から連絡があったのを今でも覚えています。

iPodがもう世の中に出回っていたことから、あまりにも社会的影響力が大きいということで、審査部が合議制で審査をしたそうです。その結果、「発明が有効だという結論に到達しました」という電話が来ました。

そこからは上山先生が作成くださった資料に自分のコメントをつけたりして進めました。途中から自分の手に負えるレベルじゃなくなったので上山先生にほとんどお願いしましたが。

裁判は順調に進み、勝ち負けについては私の勝ちは認められました。

ただし、賠償金の金額があまりにも少なかったです。我々のマーケットリサーチでは6,000億円。明確な数字は公開してはいけない事になってますので詳細は控えますが、Apple社の報告では1/6程度の金額にされていたと思います。

2%の勝利

ただ、裁判の判決文の内容を見て呆れ返りました。

装置についている真ん中のスイッチがこの商品の価値の98%ぐらいであると。そして、私の特許のリングの部分は2%であると。そういった内容が書かれていました。

このリングの中の真ん中の部分が9割以上の価値だと。

100億円のうちの98億円が真ん中のボタンで、2億円がリングだって書いてあるんですよ。

呆れました。ふざけんなと。それが公開されて世界中で笑われたんですよ。

あの僕の判決の後、アメリカの誰かがSNSで「日本の裁判所はMr.サイトウに表彰状をあげただけだ」と笑ってるのを見ました。

最近もね、外人の友達に笑われましたよ。日本人は齋藤さんが勝ったっていうことでハッピー。アメリカ人はアップルコンピュータ―が傷つかなかったということでハッピー。ハッピーではないのはサイトウさんだけねって笑われました。

あの時100億取れていれば、今もう未来のデバイスは我が掌の上に乗っていましたよ。

次世代のデバイス - Industry5.0

次世代は球体のデバイスです。

構造は球体で、表面は柔らかく、中に放射状に光学センサーが入っています。

透明なプラスチックの硬いボール。さらにその外側にシリコンとかビニール、ポリマーみたいな柔らかい透明な、ちょっと固めのゼリーのような層があります。

ただ柔らかくて透明なだけじゃなくて、その層にはゴマ粒のようなマーカーが多層に入っています。

これをグニュっと触ると、中のセンサーがそれを拾います。数学的に言うとゴマ粒の全方向のベクトルデーターを取り込みます。

人間生き物の柔らかい哺乳類とか爬虫類も柔らかいのはそうなってると思うんだけども、他の柔らかい部分と同じ。

要するに、コンピュータ側を人間のようにアナログな情報を取り込めるようにしてあげちゃうんです。

人間にも手のひらなどの柔らかいところにいっぱい圧力センサーや温度センサーが埋め込まれているわけですよ。それをコンピュータにも与えるんです。

人間拡張工学のような、サイボーグのようなことではなくて、僕はコンピューター側に人間になって欲しいんです。

このコンセプトで造られた入力装置は、コンピューターに人間のようなアナログ的な情報を取り込むんです。

最近はVRなども発達していますが、あそこで扱うコントローラーなどは、ただのレーザーポインターなんですよ。

なので、チャンバラや皿回し、テニスなどの直線的な動きしかできません。これは僕からみると2.5次元コンピューターです。

また、最近はARゴーグルなんかもポストスマホだと言われていますが、ハンドトラッキングでは手がどの位置にあるかというのをゴーグルについたカメラで認識してコントロールをするものです。

だけど触れないものをいくらオペレーションしてもパントマイムのようなものです。

私は、コンピューター側がいかに人間の繊細な指先のデータを、大量のベクトルデータを取り込むかだと思っています。

コンピューターに哺乳類のようになってほしい。パラダイムシフトですよ。

この技術は建築などでも使えます。ザハハディッドのような曲面の建物のデザインをするのに苦労しています。ところがこのデバイスでは粘土をこねるように曲面をデザインできます。

このデバイスが出現すると人間は粘土を練るだけ。

アニメーターさんなんかでも3次元アニメーションのキャラの顔をデザインするのにつかえます。

3Dアニメーションのキャラデザインなんてものすごく時間がかかるわけです。

彼らにこのデバイスを紹介したところ

10日かかる作業が半日で終わるといってました。ということは工数20分の1になる。

ということは単純計算で本当に単純すぎるんだけど、20億円かかる3Dアニメーションが1億円でできるということです。

ゲーム関係の知り合いにも聞いてみました。3次元空間でモノづくりをするMINECRAFTというゲームがありますが、このデバイスが出現したらスーパーマンクラフトができちゃうでしょと。

粘土をこねるように物づくりできちゃう世界です。

ゲームのハードをもっている世界中の方が、一人1つずつこのデバイスを1個ずつ欲しがるんじゃないかと言われました。

もちろんそれをきいて腰を抜かしましたが(笑)

このデバイスが世界のIndustry5.0の入り口になります。

その特許はもう私が、つまり日本が取っているんです。

Twitter:https://twitter.com/haliseldan
Linkedin:https://www.linkedin.com/in/